2007年12月11日

『ブラックマスク』

black01.jpg
 1996年
 原題:黒侠 英語題:Black Mask 
 制作:徐克(ツイ・ハーク)
 監督:李仁港(ダニエル・リー)


北方の某国に於いて秘密裏に造り上げられた実験的戦闘部隊、701部隊。その実態は人体改造により痛感を除去し、マインドセットにより戦闘能力を極限にまで高めた超人的戦闘部隊だった。しかし701部隊の予想以上の能力を危惧した某国政府はこの実験を断念、部隊の抹殺と施設の消滅を図る。迫り来る圧倒的多数の殲滅部隊の攻撃の中、部隊でも有数の戦闘能力を持つ数名の隊員は業火を潜り抜け脱出に成功、世界各地へと散って行った…
そして、香港。
かつて701部隊最強の戦闘能力を誇り“教官”と呼ばれた男が今ここに暮らしていた。徐夕(チョイ・チェク)と名乗り、平凡を絵に描いた様な…むしろ愚鈍とさえ見える人間を装い、図書館に勤める彼は、業務の傍ら蔵書を漁り、失った感覚を取り戻し“人間”に戻る方法を探す毎日を送っていた。
周りにはややおせっかいながら人の良い同僚、そして何かとチョイを気にかけてくれるシェク警部…とりわけ人のプライベートに関心を持たないシェク警部は、秘密を抱えるチョイにとって居心地の良い親友だった。
しかし―
香港に巻き起こるマフィア虐殺事件。事件を担当するシェク警部の命を救う為にかけた1本の電話が、チョイを過去の業火へと引き戻す切っ掛けになってしまうのだった。事件の影に、701部隊の存在を知ったチョイは、彼らの暴走を止め、“人間”として暮らした“今”を守る為、かつての教え子、そして仲間達との闘争へと踏み込んで行く―

black02.jpgブルース・リーの演じたカトー(@グリーンホーネット)へのオマージュ、と言われるコスチュームの所為で、キワモノと思われがちな作品ですが、実は味わい深いものがあったりするんですよ。
確かにあのマスクは、オマージュならオマージュでもうちょっとしっかり作り込めば良かったんでは、って思ったりしますけどね。しかし黒で統一されたコスチューム、ロングのコートの裾を翻して闘う姿は、スタイリッシュと言えばスタイリッシュ、ではある。…コリン・チョウかドニー・イェンだったら、ね。残念ながらリンチェイではちょーっと丈が足らんのよね…orz
それでもブラックマスクとして登場するシーンのワイヤーアクションは秀逸。華麗にして激烈。美しく舞うが如くのリンチェイの戦闘スタイルを堪能できます。
後半の敵地に乗り込んでのバトルシーンも、様々なシークェンスを用意してあって飽きさせず、手駒の少なさ(笑)を感じさせないテンポの良い仕上がりになっています。

が。
私はむしろリンチェイが殆どアクションを見せない前半部分、そして終盤のバトルシーンへと繋がる中盤のドラマの盛り上がりに、この作品の醍醐味を感じます。
特に前半、導入部分のリンチェイの表情の演技は素晴らしい。図書館勤務の冴えないながら平凡に生きる男としての顔。そして塒へ帰った後の、過去の呪縛に捕われながら生きなければならない孤独と絶望のエッジすれすれで見せる顔。
なによりも私の心に染みたのは、シェクという唯一の友と過ごす時間に見せるチョイの幸福そうな笑顔でした。
非常に短いシークェンスですが、チョイに絡んで来たチンピラを、トイレから出て来たシェクが叩きのめすシーンがあります。チョイはチンピラに一切手出しをせず小突かれる侭になっているのですが、トイレから出て来たシェクを、もの凄く嬉しそうな顔をして、見るんですね。その顔が。もう。コッチの胸に痛いくらいで。
ああ、この人は、守られる幸福、と言うものを今心から実感してるのだ、と。
もう、何かの為、誰かの為に闘う必要はない。自分を守ってくれるものが、存在しているんだ。その幸せを、チョイは全身を持って享受している。そう思うと、泪が溢れそうになるんですよね…
701部隊に所属する以前のチョイの過去については一切説明は有りません。が、人体実験の被験体として選ばれるくらいですから彼に家族・親族は存在していないのだろう、と想像できます。“女王陛下のダブルオーナンバー”達の様に、孤児が選ばれたのかもしれません。おそらく彼は親の愛と庇護を受けずに育ったんではないでしょうか。もしくはそれをごく幼いうちに失った。戦闘マシーンとして鍛え上げられる訓練の日々、それは仲間と共に在った日々でもあり、それしか知らない彼にとっては幸せな時間だったのかも知れない。しかし―
シェクとチョイが出会った経緯についてもなんの説明も有りません。これも勝手に想像するしかないのですが、やはりトイレでのシーンと同じ様に、チンピラに絡まれて無抵抗だったチョイを、シェクが助けた、と言うのが最も有り得るシチュエーションではないでしょうか。
突然、現れた、庇護者。差し伸べられた手を、チョイはどんな思いで受けたんでしょうか。そこに居るのは、“教官”としての自分を慕う教え子でも、命令を下す存在だった“隊長”でも、能力を競う相手であった“将軍”でもない。衝撃的だったと思うんですよ。チョイはシェクに、彼の決して得る事の出来なかった庇護者としての肉親、父や兄の姿を重ねたのではないでしょうか。チョイのシェクに対する態度からは、彼の中でシェクが友人以上の存在である事が窺える、と思うのは私の穿った見方、でしょうか。
そんな事を考えながら観ていると、チョイが再び戦いの中に身を投じて行くのが、すごく切なくて。水槽の中に沈めた過去の己の象徴である黒いゴーグルを手にした時の彼の表情がとても痛い。
しかしそうは言っても、やはり本能的に守護し闘う側の人間なんだなあ、と思うのが、トレイシーとユーラン、2人の女性に見せる姿。
トレイシーに対しては、図書館でのチョイという架空の人間の存在の為に、非常に微妙な態度になってしまっているんですが、それでも守る対象を得た時の彼の強さと、仄かに窺える優越感にも近い寛いだ雰囲気はかつて彼が身に纏っていたものなんだろうなあ、と感じます。
そして、ユーラン。かつての教え子、そしてお互いに教官と教え子以上の何かを育んでいた存在。彼女に対してみせるチョイの透き通るまでに美しく慈愛に満ちた顔からは、シェクとの時とは逆の立場、彼こそが彼女の守護者であり導くものなのだ、というチョイ自身の自負がはっきりと読み取れると思うのです。
様々な人間関係の中から、チョイ自身が望み、選んだもの。それが、彼が本当に守りたいもの、本当に必要としているもの、だったのだ、と、観終わった後に思い、それが何故かとても嬉しかった。彼は、血の繋がった肉親以上の存在を、得たのだ、と思ったから。




以下、腐女子的見解。閲覧注意。

とにかく、このチョイ君。作品中できっぱり“認定”されたキャラであります。
そりゃ誰でも思うよ。てか否定せんのか君たち!なチョイとシェクは、もうすっかり2人の世界です。
これねえ、撮ってる側もそうとう“判ってる”と思うんだ。
爆弾処理失敗の後、図書館にやって来たシェクが、のらりくらりと躱すチョイを質問攻めにするシーン。カメラアングルが正に盗撮アングル!なんじゃそりゃー!ブラボー!
2人の姿は幾つか向こうの本棚の影になっており、画面に見えるのは頭の上半分くらいだけなんですよ。その状態で、2人の会話…というか、シェクの詰問は続いてる。返事をしないチョイの耳から、シェクがヘッドホンを外す…そうなんですよ!このシーン、シェクがチョイの耳からヘッドホンを外してるんですよ(いや、2回も言わなくていいから)。それも極自然に。そしてチョイの方もしごく当たり前の様にそれを受け入れている。なんなのあんたたちー!もうねえ、トレイシーでなくてもじたばたしちゃいますよ。このシーン、私にとっては、例の“愛の追いかけっこ”シーンよりもキましたね。
まあ、追いかけっこシーンは直前にシェクの爆弾発言、同棲勧誘宣言があるので外せませんが。
ところで、字幕だと無かったんですが、吹き替えだと、チョイがシェクに時計を返すシーンで、シェクが妻帯者である事が判明するのですが…これって、原語の台詞には有るんでしょうか無いんでしょうか…もの凄く気になるところであります。
この2人の何がいいって、双方が、“今、この時に在る”存在としてだけのお互いを、慈しんでいるところなんですよねえ。過去は、必要ない。未来は、自分たちが造って行く。お互いがそんな存在なんじゃないかと。特にシェクはその思いが強いんではないかと。
だから、チョイがシェクに自分の本来の戦闘能力を見せつけるシーンで、シェクがとても切なそうなのは、チョイが、“現在”としての存在である自分から“過去”の存在である701部隊の仲間の元へと去ってしまうのではないか、仮令その道を選ばなくても、もう自分と言う庇護者を必要とはせず、やはり自分の元から去って行ってしまうのだろう、という思いから来る怖れなんでは無いだろうか、と思うんですよ。
しかし、最後にチョイが選んだのは、シェクだった。
それは“隊長”がブラックマスクを攪乱する為の囮として捕獲し爆弾を仕掛けたのがシェクだった事からも明白だと思うんだ。流石、“隊長”。よーく理解してるんですね、かつての部下の事を。
だってあれだ、普通ならあのシーンで爆弾仕掛けられるのは、どう考えても、トレイシーの役回りだろ?そりゃシェクの方が手近に居たからって、それで選ばれた訳では無いと思うんだ。誰を選べば最も効果的にブラックマスク―“教官”にダメージを与えられるか、って事を考慮に入れて、それがトレイシーだと思えば、少々の犠牲を払ってでも彼女を捕獲すると思うんだよな。
それがシェクだった、って事は、そりゃあれだ、もう公認ね♪って事、なんでしょ、うん。
…まあ最初っから公認だったがな…orz
最後のシェクの台詞、「今度俺が殴った時には痛がれよ」ってのがね。もうね。別の台詞に聞こえてしょうがないんだよ…

posted by radwynn at 17:33| Comment(5) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
すっごいにやけながら読ませていただきました!
シェクと一緒のときのチョイは本当に預けきった弟みたいな顔してますよね。実際はシェクから情報聞きだそうとしてたりもするんだけど、全然悪気も後ろめたさも感じられないのはやはり根底に流れる愛ゆえでしょうか?

殴られてもちっとも痛くない、そしていざとなれば超人的に強いチョイを心配し、どこまでも朴訥に守ろうとする誠実なシェクに惹かれないわけないですよね。そしてチョイの本当の姿を知っても、全然卑屈にならずへそも曲げず対等なシェクがまた男らしい!ちゃんとチョイの本質を理解してるんでしょうね。さすがチョイの選んだ男だわ!

図書館のシーン、ほんとにすごいですね〜〜〜radwynnさんの二度の駄目押しで、再認識いたしました。図書館内でホモって叫ばれて否定しないふたり・・・

私は将棋のシーンもたまらないです。だって、遊んで遊んで〜ってチョイのほうがおねだりしてて、シェクが「トイレくらい行かせろ」って席を立つと「勝負のあとでいいだろ」と言いつつ連れションに付いてくるって・・・どんだけ好きなんだ。

ああ、またたくさん書いちゃってごめんなさい!
Posted by ミユ at 2007年12月11日 19:59
うわー凄い見たいー!改造人間!改造人間!!
何故2があるのに1がないのだ地元蔦屋ー!!
Posted by nekota at 2007年12月11日 21:03
■ミユさん♪

リンチェイの演じたキャラとしては、たしか『ザ・ワン』と『キス・オブ・ザ・ドラゴン』で、“疑惑”台詞があって、その2作ではすっごくキッパリ否定するのに、今作ではまったく否定してないんですよね(笑)
どういう脚本なんだほんとに(笑)
因にこの作品、ツイ・ハークも脚本に加わってた筈。まったくもう、判んない人たちだ…

しかしこのエントリ、読み返してみると、『ブラックマスク』感想、っていうより、すっかりチョイ君語り、になってますな(苦笑)まあいいか…

■nekotaさん♪

改造人間っすよ改造人間!もうその響きだけで胡散臭い上にあのコスですよ!アヤシさ満点!そしてその期待を裏切らない作品ですぜ(笑)

そうそう、うちの近所のツタヤにも2は有るのに1が無いの…
しかも2がジェット・リーのカテゴリにあったりして。
なんかうちの近所のツタヤ、香港映画コーナーすっげしょぼくて。そんで、↑だけじゃなくて、少林寺シリーズとか、ワンチャイシリーズも、リンチェイのじゃないのがジェット・リーのとこにずらっと並んでてさ。
私ゃついつい注意しちゃいましたよ(笑)「これ、リンチェイじゃありません」(笑)
Posted by radwynn at 2007年12月12日 16:07
電波受信しちゃったのでお邪魔しないわけにはいきません(笑)
うぅむ・・・深いですね。radwynnさんの記事はどれも深い。

天照はですね、701部隊のメンバーが戦ってる姿を観るのが辛くてね。。。
「痛そうだから観てられない」んじゃなくって、「痛々しくて」観てらんないんです。

壊れたおもちゃ(喋る人形とかロボット)が手とかもげてんのに
動き続けてる姿を見るのって胸が痛むじゃないですか。
そんな感じなんです(意味不明でごめんなさい)

チョイ×シェクはかなりきてますよね〜。
「男の友情」の範疇を超えてますもんね、軽々と。
この2人だとやっぱシェク警部が攻・・(余所さまで自由表現は慎まねば)
Posted by 天照 at 2007年12月14日 12:30
■天照さん♪

受信しちゃったのはもしかしたら私の方かもしれないですよね(笑)

ふ、深い、っていうより、腐海ですけどね(汗)<私の記事

>痛々しくて
そうですよねえ、いくら痛感が無いって言っても、あんなんなっちゃったらソレ、どう考えてもマズいだろ、って状況になってもまだ闘おうとする彼らは本当に痛々しすぎますよね…
それしか、生きる方法を知らないのだ、と言うのが泣けてくる…

>慎まねば
ええー、なんでですかぁー、どんどん逝っちゃってくださいよう〜
お待ちしてますってば、天照さんの自由表現♪
Posted by radwynn at 2007年12月14日 23:05
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