2009年10月05日

建国大業

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2008年08月27日

木乃伊3!観て来ました〜!

とりあえず。

ウーちん!ウーちん激カッコイイ!惚れ直した!いや本当に格好良い!似合い過ぎ!

あと

雪男!てかイエティ!好き!惚れた!私がツイ・ユアンならミンの事なんか忘れてイエティとシアワセに暮らすね!


真面目な感想はまた後で〜
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2008年08月05日

『ドラゴンキングダム』初見感想

凄い少年が居る、って聞いたんだ。それがリンチェイだった。
―ジャッキー・チェンのこの言葉は正に、『少林寺』公開当時の世界中の武術映画ファンの言葉でもあったろう。

あれから四半世紀を越える時間が過ぎ去った。
腕白な少年、血気盛んな青年、師匠にしごかれる弟子、必死に技を磨く修行者を演じて来た彼らに、正に彼らの演じて来たその修行者の望んだ未来の通り、遂に、仙界の高みにまで達した武術者を演じる時が到来したのだ。

これは確かに一つのエピックである。「到達」という言葉の何たるかを、我々は映画館のスクリーンの中に目撃する。映画に措ける功夫の至高とは何か、その具現の一つを、彼らの造り上げた、恐らく彼ら自身の最高傑作であろう、2人演じる幾多のアクションシーンに観ることができる。

だが。

誤解を恐れず敢えて言及するならば、この作品は決して「名作」ではない。功夫映画としての「娯楽大作」ではあるが。
キャラクターの性格付けは旧来の作品の多くのパロディであり、その点では元来の香港/中国武侠映画の域を出ていない。そしてその"パロディ"にストーリィの大半を委ね、描くべき各キャラクター自身の背景についての描写は等閑である。
最も顕著な例がリー・ビンビンの演じた白髪魔女で、「白髪魔女伝説」を知らぬ観客には、彼女の存在は恐らくなんの感慨も引き起こし得ないだろう。幸いな事に演じたリー・ビンビンの演技力によって、辛うじてこのキャラクターはストーリィの中で色を放ってはいる。しかし、もしもう少し深くこのキャラクターの背景に付いての描写があれば、彼女とゴールデンスパロウの対決は、只のカワイコちゃん対決にはならなかったのではないか、と考えると、非常に残念なものを感じる。
性格設定に関して言えば、黙僧は完全な失敗作である、と、言い切ってもいい。私には彼が全く理解出来なかった。いや、ミステリアスで判らないのではなく、場面場面でころころと変わるその性格設定そのものが、理解出来なかった。黙僧と名付けるならば徹頭徹尾、黙すなりもしくは孤高の僧であり続けて欲しかった。そうすれば、ジャッキーの演じたルー・ヤンとのキャラの違いが際立ち、主人公のルー・ヤンへの思い入れがもう少し納得出来るものになったのでは無いかと思うのだが。
転じて、孫悟空だが、こちらは、私の知る限りの“孫悟空”の中では最高傑作であろう、と思う。…最後の翡翠帝の桃庭のシーンを除いて。孫悟空は決して賢者では有り得ない。翡翠帝の庭で殊勝らしく何かを語るようなキャラクターでは、有り得ないのである。むしろあのシーンでは[角力]斗雲にでも乗って飛び回りながら高らかに笑いつつ台詞を吐いて欲しかった。
コリン・チョウの演じた翡翠将軍も、性格付けの弱いキャラクターだった。にも拘らず、コリン・チョウの独特の雰囲気を醸し出す存在と、奇抜なメイク、豪華絢爛な衣装によって、インパクトの強い存在ではあったが。しかし何よりも彼の存在を印象付けたのは、その“武”の心であろう、と思う。今作品の中で、こと、“武”という要素に焦点を当てて観るならば、恐らく、リンチェイよりも、ジャッキーよりも、コリン・チョウの持つモチベーションが最も高かったのではないだろうか。それはもしかすると、香港アクション、ひいては世界中のアクション映画に措ける、正当な後継者としての彼の矜持の現れだったのかも知れない。

後継者、と今記述した。

この映画がエピックであった、と言うのは間違いが無い。しかし他方、私にはこれが、エンディングであった、とも思えるのである。
何のエンディングか。残念ながら、リンチェイとジャッキー、双方の、アクション映画の主役スターとしての、である。
彼らのアクションが衰えたのでは、決して無い。それどころか、この作品で見せたアクションは、現時点での功夫アクションとしては最高だと思う、というのは前述の通りだ。(仮令それがスタントダブルを多用したものであるとしても、本物と見紛うばかりの素晴らしいスタントダブル、それこそが香港スタイルの真骨頂であるのだから。)
衰えたのではなく、シフトしたのだ。彼らが彼ら自身に対して持つ、存在の有り様としての精神が。彼らは恐らく既に彼ら自身を、第一線のアクション実践者として位置付けていない。それを越えた、指導者としての有り様へと、彼ら自身の立ち位置を変えている。
これは、画面に如実に反映され得る精神の在り方だろうと思う。
それゆえ、コリン・チョウには、闘気が漲り、方や、リンチェイとジャッキーには、それが感じられない。
もうひとつ翻って考えれば、それこそが、この映画に措ける、翡翠将軍と黙僧の有り様を表していた、とも言えるのだが。現実世界に確かに存在し欲望に満ちつつ生きる翡翠将軍と、その存在そのものが架空であり孫悟空という一つ上位の世界での存在の反映でしか有り得ない黙僧。故に、この2者の闘いは、激しくもあり、哀しくもあり、儚くもあったのだろう。

観終わって思う。

リンチェイは、遠くへ行ってしまったのだろう、と。彼が以前と同じような彼であることはもう無いだろう。私たち「香港アクション映画」ファンの前に“勇姿”を現してくれる事は、もう、無いのかも知れない。

それは、むしろ、「香港アクション映画」の進化である、と、喜ぶべきなのかも、知れない―
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2008年04月05日

『スウォーズマン/女神伝説の章』

swordsman2-dvd-hk.jpg 製作・脚本:ツイ・ハーク
 監督:チン・シウトン、レイモンド・リー

 キャスト:
 リー・リンチェイ
 ブリジット・リン
 ロザムンド・クワン
 ミシェル・リー

中国・明の戦乱の世、豊臣秀吉の迫害を逃れた信長勢の残党が日月教を信仰する苗族と結託。しかし苗族に内乱が生じ、それに乗じ魔人:東方不敗が彼らを支配することとなった。一方、乱世に嫌気が差した剣の達人リン(リンチェイ)は妹弟子ツァイツァイ(ミシェル・リー)を連れ日月教本部を訪れるが、教祖はすでに投獄されその娘も東方不敗の恐怖におののいていた――


東方不敗。
この名は、この物語を知らない人でも、ああ、聞いたことがある、と膝を打つくらいに有名ですな。
…特に日本の特定アニメファンの間で。
いやもう、アニメでパロってしまう程にこのキャラを愛しているのって、日本人くらいじゃないのかしら。
このキャラが愛される素因の一端は(というかほぼそれが全部、って気もしますが)、ブリジット・リンが演じ、「男装の麗人」キャラとして確固たる地位を確立したから、であろうと思うのですが。
が、しかし。
原作者の金庸氏は、このキャラを女性が演じる事に納得されては居ないそうですよ。
…とんでもねえな、女性と見紛う程の美しさ、女好きの主人公までもがころっとまいっちゃう程の美人、なのに、女優が演じちゃダメ、って…何考えてんだ金庸氏。
しかし香港の場合、「あー。じゃ、彼で」とか言われちゃいそうな人材がごろごろしてたりしませんかね、と言うのはnekotaさんとも合意した点ですが。むしろソッチの方が怖いところだ、と…
(………そう言えばフランシスさんも演ってなかったっけか、東方不敗………今度確認しとこう………)(後注:勘違いでした!『キラーウルフ 白髪魔女伝』で「男女一対で1人」ってのを演ってるようですが、東方不敗じゃなかったです。失礼しました〜)(…でもフランシスさんならやれば出来る様な気がしちゃうよ、東方不敗…)

『スウォーズマン/女神伝説の章』の原作は、先にも書きました通り、中国の大人気武侠小説家・金庸の小説で、原題「笑傲江湖」。映像化に関しては武侠小説のお決まりで何巻にも及ぶ大作をぎゅっと短縮してあるようです。
「笑傲江湖」を原作とした作品はシリーズとして3本作成されており、『女神伝説の章』はその中の2作目にあたります。
原作を読んだ事が無いので何とも言えませんが…『スウォーズマン/女神伝説の章』では、原作に無い日本の武士だとか忍者だとかが登場し、原作の雰囲気をぶち壊しにしている、とも言われております。
が、作者の金庸氏はリンチェイのリン(令狐沖)はかなりお気に入りらしいですよ。女優が東方不敗を演じるのにはご不満ですが。リンチェイはお気に入り、と。ふーん(何が言いたいのだ貴様)
リンチェイが演じたこのリンという人物は、作中妹弟子のツァイツァイに「酒好き女好き」等と言われており、お硬いイメージのリンチェイには似合わないのではないか、と思われる向きもありましょうが、リンチェイのリンは、恐らく原作のリンに近かったのではないか、と。
原作の主人公である令狐沖は、全金庸作品中最も好漢、と言われています。酒好きである点は『天龍八部』の主人公の1人、喬峰と通じるところがあるのですが、悲劇の人だった喬峰に比べ、令狐冲は、圧倒的に明るい。いや、喬峰も彼自身は明るい人なんですが、というか明るい人だったんですが…(苦)。女性に関しておおらかなのも、リンの場合は好ましく思えますね。うむ、喬さんがこのくらい女性に関しておおらかだったら、もしかすると『天龍八部』も別の方向に話が進んでたかも知れないよ…
兎も角も。
明るくおおらかな剣の達人、そして義には厚く、それ以上に己の志しに忠実、という真っ直ぐな漢、それがリンチェイの演じた令狐冲だった、と想います。
その真っ直ぐさが、リンチェイにとても相応しいキャラクターだったんではないか、と。もしかすると、リンチェイの当り役のひとつに数えても良いんじゃないか、と思ったりしますよ、令狐冲。

『スウォーズマン/女神伝説の章』ストーリィ詳細
日本語字幕と吹き替え版の台詞より書きおこしてあります。
殆どのストーリィと結末に言及しておりますので、ネタバレがあります、ご注意下さい。


…ところで脚本も担当したツイ・ハークは何を考えているのでしょうか。
それとも原作もこんなんだったんでしょうか。
最終バトルシーンで拮抗する実力のヤンと東方不敗、互いの操る武器で競り合いながらの台詞が…
「皇帝になる為の力を男を誘惑する為に使うとは呆れる」
「男と皇帝の座、どちらも手に入れたら、お前は私を嫉妬するか?」
「リンにはインインとツァイツァイがおるわ。貴様などよくて3番目でしかないわ」
ちょ、あの、この期に及んで論点は其処なんすか?!(爆笑)

posted by radwynn at 23:02| Comment(2) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『スウォーズマン/女神伝説の章』ストーリィ詳細

日本語字幕と吹き替え版の台詞より書きおこしてあります。
殆どのストーリィと結末に言及しておりますので、ネタバレがあります、ご注意


明の時代、万歴22年。
日本では信長の跡目争いが続いたのち、豊臣秀吉が天下統一を果たす寸前だった。
秀吉への屈服を潔しとせぬ一部の武将たちは中国南部の沿岸地方に逃れ、密かに苗族と結託、天下奪還の策を練っていた。苗族もまた明の朝廷に対して反旗を翻していたのだ。

明の朝廷が購入した武器を積んだオランダ船を日本の武士が襲撃、東厰総官は部下を遣わして、「武器を返せば無罪、返さなければ一族郎党皆殺し」と通達して来た。勿論武士たちがこれに従う筈は無く、朝廷側がオランダ船からの艦砲射撃を要請する合図を打ち上げたその時、同時に何処からか同様の合図が打ち上げられた。合図に応えた大砲はオランダ船を撃ち抜き、動揺する朝廷の使者へ、東方不敗と名乗る異装の者が襲いかかり、一撃で首をもぎ取って屋根へと飛翔した――

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posted by radwynn at 22:06| Comment(0) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

フウ君のこと。

jet_li_hitman.jpg先日、天照庵様で開催されましたチャット大会で、趣旨にそぐわないフウ君語りを炸裂させてしまいました…その節は申し訳ありませんでした参加者の皆様(土下座)
妄想、と言う意味では、まあ、趣旨に沿ってはいたのでしょうが、妄想の内容がちょっとズレてましたね…

フウ君のこと、となると、どうもわたくし、暴走気味になってしまうのですよ。
好きなんですね、この子のこと。
もしかするとリンチェイキャラ中TOPランクに好きかも知れない。

良く判らんパーマヘアに田舎臭いスタイル、作品的にもむしろサイモン・ヤム演じるチャン刑事の方を主人公にした方が面白い作品に成ったんじゃなかろうか、という中途半端なキャラ、フウ君。
あの歳で、あのぽんやり(ぼんやり、じゃなくって、ぽんやり、な感じ)具合は、ちょっとどうかと思うよ、なフウ君。
其の癖妙に生活力在ったり実は頭の回転早かったり。どうなってるんだかキャラの設定が良く判らないフウ君。

そんなフウ君の最大のミステリー。それは、私にとっては、「彼が“炎の天使”なのか?」ではなく。「彼の過去」、でした。

以下、チャットで炸裂させてしまった妄想の覚え書きの様なものです。

作中で、フウ君は、「故郷に母が居て、その母の為に家を建ててあげたい」から、殺し屋家業をやっているんですね。
しかし元締め役の人も言っている通り、どうにも、殺し屋には、向いてそうにない。なんで彼はこんな道を選んだのか。単に「兵士だったから」だけでは、どうにも説明がつかないような気がするのです。
その元締めが、不出来なフウ君をなじるシーン。
残念ながら、原語の広東語を理解出来ないので、元の台詞でなんと言っているのかは判らないのですが…
字幕版では、「特殊部隊の兵士だったと言うから仲間にしてやったのに…」
吹き替え版では、「ゴールデントライアングルに居たと言うから…」
と言う様な内容の台詞になっています。
フウ君の経歴を知る事の出来る、唯一の、台詞です。
“特殊部隊”と“ゴールデントライアングル”。
フウ君の過去は、“地獄”だった、のですね。

ゴールデントライアングルとは、ラオス/タイ/ミャンマーの国境に広がる、世界最大の麻薬密造地帯の事を指します。今では観光客も訪れる事が出来る場所もあるようですが、その昔は一般人は近寄る事の出来ない場所でした。そして今でも、脚を踏み入れてはいけない場所が、確実に存在しています。
中国からは離れた場所にある、この“黄金の三角地帯”を、中国の軍閥が支配している、という噂は、もはや公然と語られているのでしょうね、映画の台詞に登場するくらいですから。
もちろん事実はどうなのか私が知る由もありませんが、ドキュメンタリー、小説、映画などからのネタを再構成すると、各国の軍と麻薬組織の民兵が入り乱れるこの地帯の戦闘は、熾烈を極めるそうです。
惜しみなく供給される重火器とその弾丸、軍部にしか有り得ない筈の殺戮兵器が当然の様に民兵にも支給され、掃射の応酬と無謀な突撃の繰り返しで戦闘後には辺り一面に人間のミンチが飛び散る。
弾が無くなればお互いに鉈で殴り合い、一方は脳天をかち割られて脳味噌が、他方は腹を引き裂かれて内臓がずるずるとはみ出る。そんな死体が、男と言わず女と言わず老人と言わず子供と言わず散乱し、腐敗し、焼き尽くされて行く。
戦闘とさえ言えない殺戮、村を襲撃し全村民を一カ所に集めて重火器の掃射を浴びせ、死に切れないものには一人一人止めを刺し、村人自身に掘らせた穴に蹴り落として埋める。
そんな地獄の日々。
それが、フウ君の居た、日常。彼にとって、生きるということは、そのような日々の繰り返しだった。
そんな彼が、地獄から現世に戻って、一般の人間に混じって暮らして行く。それが出来るのはフウ君のマインドセットがきちんと行われていた事と、彼自身の心の強さによるのでしょうね。
そしてきっとあのぽんやり具合は、どこかの感情か思考回路が、ぽっかり抜け落ちてしまった所為なのかも。

しかし彼がどうやって一般社会に戻って来れたのかは、もう1つのミステリーです。何らかの戦闘で既に死んだ事に成っているのかな?彼がゴールデントライアングルからの帰還兵で、しかも軍に留まっていない、ということは、表に出る事は出来ないでしょうね、当局にとって厄介な存在に成るでしょうから。母と離れて暮らしているのも、家族を巻き込むのを恐れているからかもしれません。彼が「殺し屋」という裏の仕事を選んだもの、その為なんでしょうね。

地獄から、色んなものを無くしながら、ようやく帰って来て。それでも、母の為に、なんとかお金を儲けようと、忘れたくても忘れる事の出来ない、唯一の己の特技、「殺人」を、選ぶ。
けれどマインドセット無しの状態では実は作戦行動は出来ない、という罠(笑)。戦闘状態ではない、一般社会の日常の中でマインドセットを発動させるのは無理なんでしょうね。もしかすると、暗殺を試みようとすると一瞬周りが地獄絵図に見えちゃうのかもしれませんね。で、思わず手が止まる。と、素のフウ君が戻って来ちゃう。
その、いっそ無垢と言っていい程のズレ具合と、本人が全く自覚していないが故のあまりにもの哀しさが、私にとって、もの凄く、愛しいキャラなのです、フウ君。

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2008年01月18日

スーさんの事。

地上波放送で『ブラック・ダイヤモンド』放映されましたな。
リンチェイ、私のブラック・ダイヤモンド(核兵器だからソレ)。

『ブラック・ダイヤモンド』のリンチェイってなんかこうやる気が在るのか無いのか判んない感じなんですよね。
身体のキレも今ひとつ、な気がするし。
なのに。
なのに何故かスーってキャラクターは、私の琴線に触れてくるんですよ…
何でなんだろうなあ、と、思いまして。
DVDにてリンチェイのシーンをピックアップしてそりゃあもう舐める様に鑑賞してみたところ。
やっと判明しました。
このキャラ、ごっつサディスティックなんだわ。
いや、その“台湾式”尋問方法とか、どうにもやってる事がサディスティックだとは思ってました。
思ってましたけど、むちゃくちゃ細かいカットにさえ、余りにもサディスティックな目をした至宝様がいらっしゃいます。歓喜。
特に前半の愛で場…ぢゃなかった見せ場、フェイトと共に追手をボコるシーン。
殆どのコマで、うっすら悦びの色を目に浮かべた至宝様が拝めます。ブラボー。
この前半場面は、未だスーの正体が判らない、という設定ですので、必要以上に正体不明の不気味な東洋人、の演出なんでしょうけれど…
それにしたって、ボコった後、のたうつ雑魚を、じーっと見詰めていたり、威圧感たっぷりにゆっくり詰め寄ってみたり、いちいちやる事が…素敵です。

このシークエンスにはスーさんの後ろ向きジャケット着直しシーンというアホカッコイイシーンもあるので元々お気に入りだったんですが、見直してみてなんでこんなにお気に入りなんかやっと理解できた感じです。

posted by radwynn at 02:04| Comment(2) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月17日

『ドラゴンファイト』

※ややネタバレを含みます、ご注意ください。

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 1989年
 原題:龍在天涯 英語題:Dragon Fight
 制作:ヘリック・ウォン
 監督:ビリー・タン


40.jpg周星馳(チャウ・シンチー)との共演作品。
いやー、2人とも若いわー(当たり前です)。

この時期の香港映画の常で突っ込みどころは山の様に、っていうかもうしょっぱなから突っ込むのも大変な様相を呈している作品ではありますが、『ロミオ・マスト・ダイ』よりは好きかもしれないな、私…
以下、極力突っ込みどころに触れずに感想を述べてみたいと思います(笑)


海外遠征公演でサンフランシスコにやって来た中国武術団。その帰路、花形スター、リー・コクラップ(通称ラップ)は、友人でもある団員のウォン・ワイの不審な行動に気付き、後を追う。ウォンは中国への帰国を拒否、アメリカへ亡命するつもりだった。ウォンを止められない事を悟ったラップは仲間の元へ戻ろうと急ぐが時既に遅く帰国便は離陸した後だった…しかも、ウォンが逃走時に犯した警官殺害の罪を被ってしまう事に。シスコ在住のウォンの従兄弟の家を訪ねたラップはここでもマフィアの闘争に巻き込まれてしまう。言葉も通じない異国で警察に追われる身となり途方に暮れるラップを助けたのは、ラップの大ファンだという青年、ヤウ。ヤウの叔父の経営する雑貨屋で働きながら帰国の道を模索するラップだったが、マフィアの一員としてのし上がったウォンと再会した事で事態は次第に不穏な気配を孕み始める…

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作中の人間には勿論判らないんだけれど、観ている方には全ての事態が繋がっていて1つ1つの出来事がどんどん作中の人物たちを追い詰めて行くのが判る、というストーリィ立てになっています。何が起きているのか判らない、のではなく、何が起きているのか判るから、心が痛い。
アメリカという広大な国、サンフランシスコという大都会、だけどその中で起きている出来事はあまりにも狭い範囲、“中国”という呪縛に縛られた世界の中で起きているんだ、というのは、アイロニカルではあります。
“ジェット・リー、アメリカ進出第1弾”と謳われていますが、今作は香港映画の延長だと思います。アメリカという舞台で繰り広げられる香港映画。
しかし舞台がアメリカ、サンフランシスコであることで、香港を舞台にした作品に比べ、よりはっきりと、“中国”という存在が浮き彫りになっているとは思いますが。
「俺だって香港に帰りたいさ!故郷なんだぞ!」―ちゃらんぽらんな青年にしか見えないヤウの心の底にあった台詞。
国が俺たちに何をしてくれる、と嘯くウォンの台詞。夢を見過ぎていた、と呟く、マフィアの情婦。
おそらく、今も変わる事無く、こんな台詞がこの街の其処此処の路地に、窓辺に、零れているんでしょう。現実は冷酷です。どれほど“開けた”時代になろうが、“異国”は“異なる文化の人間”にはそれほど優しくは、してくれないのです。
だから、ウォンの行動は、賛同は出来ないが理解は出来る。ヤウの取った浅はかな行動も、痛々しくは有るが、理解出来る。
中国武術団という閉じた世界の中で常に正しく前を向いて歩いて来たラップの方が、実は浮世離れしていて、一番、有り得ない存在なんですよね。
しかし“李連杰”というやはり“有り得ない存在”を体現しちゃってる彼自身がこのキャラクターを演じる事で、何故か、有り得ないのに説得力のあるキャラクターになっちゃってる、ってのがこれまたアイロニカル(笑)。
車で送ろう、と言うウォンに、「行き先が違う」と断るラップの高潔さは、求めて得られるものでは無いと思うんですよね。ああいうアホ格好良さは、リンチェイの持ち味なんでしょうな。
65.jpgそして忘れちゃいけないチャウ・シンチー。
この人ほんと良い演技するわー。この頃からやっぱりちょいと奇矯な雰囲気で(笑)。
リンチェイの純朴&アホ格好良さと、シンチーのエセモダン&エキセントリックが、旨くミックスされて良い味に成ってたなあ、と思うのは私だけでしょうか(笑)。
この作品の“アメリカン”な感じは彼の存在だけで保ってたんじゃないかと。シンチーがアメリカン、って、それもどうなんだ、って思いますが(笑)。

ところでこの作品のレヴューの殆どに記されている事ですが、ほんとにラストがブツ切れですよね(笑)
この後どうするんだ(苦笑)
どうするもこうするも、彼一人じゃこの先どうしようもないから警察に捕まって強制送還、しかないよな。まあ、帰りたいつってたからそれでいいのか。それともあのマフィアの情婦と一緒になってマフィア内でのし上がるのか。…ラップには無理だな…(笑)

しかしラストよりも私が苦く感じたのは、ニナ・リー演じるマフィアの情婦が、ウォンの襲撃からラップを助けて車に乗せ、走り去るシーンでした。
女というものは、時に、本当に残酷な事を平気でしますね。そしてそれを“愛”と呼ぶんです。このシーンは本当に腑が煮えくり返りましたよ…まあ、ストーリィ上、これが無ければそこで話が終わってしまうんで仕方が無いと言えば仕方がないんですが(苦笑)
彼女はラップの心情など考えていないんですよね。己の心にのみ忠実に行動している。
結果的にヤウを見捨てて逃げる事になってしまったラップの心がどれほど傷付いたか、には、思い至らないんでしょうね。
その後ウォンの事務所(兼道場、なんでしょうなあれは)に決着を付けに行くラップの行動と表情がまるで阿修羅の如くなのは、ヤウを助けられなかった後悔からくる心の痛みがウォンへの憎悪を募らせているからではないかと思うんですが。

89.jpgこの作品のリンチェイのファイトシーンは、ラストバトルとその他とで全然質が違うんですよね。それはラップの心の変化を表しているんでしょうか。
前半のラップのファイトシーンは、表演そのままのような綺麗な動きが多かったと思います。
ところがラストバトルでは、確かに技は凄いんですが、その表現の仕方がまるで乱闘。本当に“乱れて”いるんですよね。
中国武術団のトップである筈のラップが、落ち目だったウォンに勝てないのはその所為なのかも知れません。
もしくは、実戦ではウォンの方が上、というのを、ウォン自身が知っていたからこそ、武術団を抜けてマフィアに身を投じる事を決心したんでしょうか。
それとも、実戦風のファイトをしよう、という方向性の現れなのかなあ。リンチェイのファイトは格闘ではなく舞踏だ、という批評もあるんですよね。そういう批評に対して、少しでも実戦に近づけようという試みなのかしら…でもそれは間違えてると思うなぁ。リンチェイのファイトは確かに格闘ではないですよ、だって武術なんですから。だから流麗で良いんだと思うんですよね…リアルなんて不必要、と迄は言いませんが、リンチェイにはリンチェイの持ち味が有る、のだから。
どちらにしても、このラストバトルのリンチェイは、私は好きじゃありません。心の弱いファイトは観たくない、んですよね…

エンドロールに挿入された映像は、ちょっと辛いです、私…あの映像自体は未使用映像のオマケ公開らしいので、素っぽい至宝様とか拝見出来て嬉しいんだけど…なんだか、ラップの回想の様に思えるんですよね。
もし、ヤウが、あの時、あの手を伸ばさなければ…そうすれば、厳しいながらも、幸せと言っていい世界が、エンドロールのような明日が、続いていたかも知れないのに…
ビール缶でギャグるヤウのシーン、笑うヤウを見ているのは私ではなくて、やはり同じ様に手放しで笑っているラップなんだ、と…そう思うと、ちょっと心が痛い、なあ、と。
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2007年12月11日

『ブラックマスク』

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 1996年
 原題:黒侠 英語題:Black Mask 
 制作:徐克(ツイ・ハーク)
 監督:李仁港(ダニエル・リー)


北方の某国に於いて秘密裏に造り上げられた実験的戦闘部隊、701部隊。その実態は人体改造により痛感を除去し、マインドセットにより戦闘能力を極限にまで高めた超人的戦闘部隊だった。しかし701部隊の予想以上の能力を危惧した某国政府はこの実験を断念、部隊の抹殺と施設の消滅を図る。迫り来る圧倒的多数の殲滅部隊の攻撃の中、部隊でも有数の戦闘能力を持つ数名の隊員は業火を潜り抜け脱出に成功、世界各地へと散って行った…
そして、香港。
かつて701部隊最強の戦闘能力を誇り“教官”と呼ばれた男が今ここに暮らしていた。徐夕(チョイ・チェク)と名乗り、平凡を絵に描いた様な…むしろ愚鈍とさえ見える人間を装い、図書館に勤める彼は、業務の傍ら蔵書を漁り、失った感覚を取り戻し“人間”に戻る方法を探す毎日を送っていた。
周りにはややおせっかいながら人の良い同僚、そして何かとチョイを気にかけてくれるシェク警部…とりわけ人のプライベートに関心を持たないシェク警部は、秘密を抱えるチョイにとって居心地の良い親友だった。
しかし―
香港に巻き起こるマフィア虐殺事件。事件を担当するシェク警部の命を救う為にかけた1本の電話が、チョイを過去の業火へと引き戻す切っ掛けになってしまうのだった。事件の影に、701部隊の存在を知ったチョイは、彼らの暴走を止め、“人間”として暮らした“今”を守る為、かつての教え子、そして仲間達との闘争へと踏み込んで行く―

black02.jpgブルース・リーの演じたカトー(@グリーンホーネット)へのオマージュ、と言われるコスチュームの所為で、キワモノと思われがちな作品ですが、実は味わい深いものがあったりするんですよ。
確かにあのマスクは、オマージュならオマージュでもうちょっとしっかり作り込めば良かったんでは、って思ったりしますけどね。しかし黒で統一されたコスチューム、ロングのコートの裾を翻して闘う姿は、スタイリッシュと言えばスタイリッシュ、ではある。…コリン・チョウかドニー・イェンだったら、ね。残念ながらリンチェイではちょーっと丈が足らんのよね…orz
それでもブラックマスクとして登場するシーンのワイヤーアクションは秀逸。華麗にして激烈。美しく舞うが如くのリンチェイの戦闘スタイルを堪能できます。
後半の敵地に乗り込んでのバトルシーンも、様々なシークェンスを用意してあって飽きさせず、手駒の少なさ(笑)を感じさせないテンポの良い仕上がりになっています。

が。
私はむしろリンチェイが殆どアクションを見せない前半部分、そして終盤のバトルシーンへと繋がる中盤のドラマの盛り上がりに、この作品の醍醐味を感じます。
特に前半、導入部分のリンチェイの表情の演技は素晴らしい。図書館勤務の冴えないながら平凡に生きる男としての顔。そして塒へ帰った後の、過去の呪縛に捕われながら生きなければならない孤独と絶望のエッジすれすれで見せる顔。
なによりも私の心に染みたのは、シェクという唯一の友と過ごす時間に見せるチョイの幸福そうな笑顔でした。
非常に短いシークェンスですが、チョイに絡んで来たチンピラを、トイレから出て来たシェクが叩きのめすシーンがあります。チョイはチンピラに一切手出しをせず小突かれる侭になっているのですが、トイレから出て来たシェクを、もの凄く嬉しそうな顔をして、見るんですね。その顔が。もう。コッチの胸に痛いくらいで。
ああ、この人は、守られる幸福、と言うものを今心から実感してるのだ、と。
もう、何かの為、誰かの為に闘う必要はない。自分を守ってくれるものが、存在しているんだ。その幸せを、チョイは全身を持って享受している。そう思うと、泪が溢れそうになるんですよね…
701部隊に所属する以前のチョイの過去については一切説明は有りません。が、人体実験の被験体として選ばれるくらいですから彼に家族・親族は存在していないのだろう、と想像できます。“女王陛下のダブルオーナンバー”達の様に、孤児が選ばれたのかもしれません。おそらく彼は親の愛と庇護を受けずに育ったんではないでしょうか。もしくはそれをごく幼いうちに失った。戦闘マシーンとして鍛え上げられる訓練の日々、それは仲間と共に在った日々でもあり、それしか知らない彼にとっては幸せな時間だったのかも知れない。しかし―
シェクとチョイが出会った経緯についてもなんの説明も有りません。これも勝手に想像するしかないのですが、やはりトイレでのシーンと同じ様に、チンピラに絡まれて無抵抗だったチョイを、シェクが助けた、と言うのが最も有り得るシチュエーションではないでしょうか。
突然、現れた、庇護者。差し伸べられた手を、チョイはどんな思いで受けたんでしょうか。そこに居るのは、“教官”としての自分を慕う教え子でも、命令を下す存在だった“隊長”でも、能力を競う相手であった“将軍”でもない。衝撃的だったと思うんですよ。チョイはシェクに、彼の決して得る事の出来なかった庇護者としての肉親、父や兄の姿を重ねたのではないでしょうか。チョイのシェクに対する態度からは、彼の中でシェクが友人以上の存在である事が窺える、と思うのは私の穿った見方、でしょうか。
そんな事を考えながら観ていると、チョイが再び戦いの中に身を投じて行くのが、すごく切なくて。水槽の中に沈めた過去の己の象徴である黒いゴーグルを手にした時の彼の表情がとても痛い。
しかしそうは言っても、やはり本能的に守護し闘う側の人間なんだなあ、と思うのが、トレイシーとユーラン、2人の女性に見せる姿。
トレイシーに対しては、図書館でのチョイという架空の人間の存在の為に、非常に微妙な態度になってしまっているんですが、それでも守る対象を得た時の彼の強さと、仄かに窺える優越感にも近い寛いだ雰囲気はかつて彼が身に纏っていたものなんだろうなあ、と感じます。
そして、ユーラン。かつての教え子、そしてお互いに教官と教え子以上の何かを育んでいた存在。彼女に対してみせるチョイの透き通るまでに美しく慈愛に満ちた顔からは、シェクとの時とは逆の立場、彼こそが彼女の守護者であり導くものなのだ、というチョイ自身の自負がはっきりと読み取れると思うのです。
様々な人間関係の中から、チョイ自身が望み、選んだもの。それが、彼が本当に守りたいもの、本当に必要としているもの、だったのだ、と、観終わった後に思い、それが何故かとても嬉しかった。彼は、血の繋がった肉親以上の存在を、得たのだ、と思ったから。




以下、腐女子的見解。閲覧注意。
posted by radwynn at 17:33| Comment(5) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月02日

『ターゲット・ブルー』

targetblue.jpg 1994年
 原題:中南海保縹 英語題:The Bodyguard from Beijing
 監督:コーリー・ユエン

targetblue10.jpg
中国人民武装警察部隊・警衛部隊所属の許正陽(フイ・チンヨウ)は、上部からの命令で香港へ赴く。任務の内容は裁判の証人の警護だった。要人警護のスペシャリストである彼には簡単な任務に思えたが…


原題の「中南海保縹」の字面がなんともこう田舎の警備会社を連想させると言う問題はとりあえず置いといて。(中南海は北京から見た香港、保縹はボディガード、の意)

えー、突っ込みどころ満載でもう何処から突っ込んでいいのやら、って作品なんですが(汗)
もうねえ、何に突っ込んでも、だってそういうお話だから、で済んでしまうところがまったく始末に負えない(苦笑)

香港版ボディ・ガード!とかって謳い文句らしいんでまあ話はそういう方向に流れないといかん訳ですよ。なので色気姉ちゃん警護される女性、つまり一応ヒロインであるところのミシェルは一生懸命そういう方向に頑張る訳ですが。まあ、相手が悪かったと思ってくれミシェル。あんな据え膳、喰わん男が居るとは思わんわな普通。仕方がないんだよ、リンチェイなんだもの…てか、むしろリンチェイがヒロインなんでな。…いつもの事だが。

と言う事でそっちの方向はハリウッドのうっふんあっはんなノリとは真逆の方向に流れております。お前は何処の純情少年だ…orz

リンチェイが演じた所為で、“ストイック”とはなんとなく違ったものに成っちゃったかもしれませんね…これがサイモン・ヤムとかだと、あー、むちゃくちゃ我慢したんだなぁ、流石中国人民武装警察部隊所属!とか思うんだけどさ、リンチェイだと、怖かったのね可哀想に、って、思うのは私だけですかそうですか失礼しました。

女性恐怖症にはからきしな正陽ですが、しかし部隊ではエリート中のエリート、しかも今回の任務では、“中国の面子”が彼の双肩にずっしり乗っかってたりする&ボスを失望させたくない(っていうか褒められたいんだもん♪/子犬モード)、なので、その警護には容赦が有りません、むしろ警護される対象に対して(笑)
大体、彼、最初の演習時からして警護対象に対して容赦ねえもん(笑)何なんだそのカツラ、どっから出した!(爆笑)っていうか茶色の上着サイズ大き過ぎ。肩落ちてるから、肩!可愛いったらもう…(警護の話はどうなった)(リンチェイが可愛過ぎて忘れた)

おっさんジャンパー@『ハード・ブラッド』よりはマシかも知れないけど、スーツとかヘンな上着(ミシェルが買い与えた)とか、あんまり似合ってないよなあ…あのレストランデート警護の時の上着、スモック着てるみたいに見えませんか?あと、デパートでの銃撃戦の時のスーツも、スーツ自体はまあいいとして、そのネクタイのセンスはどうかと…
…いや、いいですもう…衣装の事は…
今回はもう軍装(上部画像参照)と白いYシャツが濡れて張り付く様を見せて頂いただけで満足する事にします…てかあれは充分満足出来るよ、うん(何に満足してるんだ)

targetblue27.jpg衣装とストーリィ展開&演出は(いつもの事だが)ともかくも、今作のリンチェイは、

無駄に男前

です。
いや、ほんとに。無駄に。
なんでそんなに男前なの?って突っ込み入れたいくらいなんですが。
同時期に公開の『新・少林寺伝説』では、お耽美なまでのリンチェイの美形具合に映画として多いに意味が有るんですが、こっちはもうほんとに意味なく美形。もうね、これはファンサーヴィス?なの?って思っちゃいますよ。

残念ながらガチのアクションシーンはほぼラストまで有りません。中盤は銃撃戦がメイン。リンチェイって銃はあんまり似合わない+銃の扱いがあんまり巧くないんでねえ…その辺はちょっと不満。しかも火器多用し過ぎ。そんな場所でそんなにガンガン撃つなって。つか要人警護にあんなでけえ銃使うな、と(苦笑)。あ、もしかしてリンチェイの手がちっちゃいのか?そうなのか?

ラストにしかないカンフーアクションシーン、しかして今回のお相手は、コリン・チョウ!
裁判の証人であるミシェルの抹殺を請け負った組織のリーダー、ウォンとして登場です。
最初の襲撃時に正陽が射殺したのが彼の義弟だった訳ですが、その遺体を遺体安置所から奪い去る時のアクションがもう、決まり過ぎ!うひょー!(何)(いやつい…)
彼が使ってる武器が、最初は何だか判らなくて、ああいう武器を使う武術があるのかな、と思ったんですが…これが一応伏線になるんですね。
己が何者で、何の為にここに来て、そして誰に対して宣戦布告しているのか、それを、彼はあの武器を使う事で、示している、と。
あの傷跡から、それがどのような武器であるか、を推測出来るのは、それが何だか知っている許正陽しか居ない訳ですから。
そしてこの瞬間から、彼の心にはターゲットであるミシェルではなく許正陽のみが映る事に。

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その他の共演者では、鄭則士(ケント・チェン)が香港警察の刑事を演じていい味出してますね。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズ1作目で肉屋のラムを演じていたあの太っちょさんです。
そしてリンチェイってば彼の前ではこの笑顔です。全くもう…


ところでこの作品、英題は『The Bodyguard from Beijing』なんですが、なんで邦題は『ターゲット・ブルー』なんでしょうね?
何がブルー?なの?作中常にひとりだけ置いてきぼり状態のミシェルの気持ちがブルー、なの?誰か教えて。




以下がっつり腐女子ネタです。閲覧注意。
posted by radwynn at 11:25| Comment(4) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月29日

『ハード・ブラッド』

hardblad.jpeg
1989年(公開年1992年)
原題:黄飛鴻'92 龍行天下 英語題:The Master
制作/監督 徐克(ツイ・ハーク)


ロスで漢方薬局「寳芝林」を営む師匠タクを訪ねて一人香港からやって来たジェット。
異国の言葉も習慣も全く判らないままになんとか辿りついた「寳芝林」には師匠は居らず、何者かの襲撃を受け荒らされていた。しかも家賃の不払いで銀行に差し押さえられると言う。
師匠はいったい何処へ?そして「寳芝林」を襲ったのは一体何者なのか?

…ってことで、前半はジェット君の初めてのおつかい「お師匠様はどこ?」、後半はジェット君の力一杯お手伝い「ママ、じゃなかったお師匠様褒めて♪」。
どこの幼稚園児だ君は…orz

ひとつ聞いてもいいかな、リンチェイ…

どうして君はお師匠様の前だとロリ子犬モード全開なのに
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ファイティングシーンではそんなにも女王様モード全開なのかな?
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ジョニーと対峙する時の顔なんざ、後の古華勝@リーサルウェポン4のようですよ!

お話としてはね、面白い要素は詰まってると思うんですよ。
言葉や習慣の違いから起こるすれ違いのドタバタとそれを越えて深まって行くお互いの絆、とか。師弟の感情のすれ違いのもどかしさとそれでもお互いを思いやる心の機微、とか。
多分ね、今、もう一度このシナプシス(ストーリィはこのままでとは言わないけど)で作ったら、面白いのできるんじゃないかなあ。
この当時はまだ香港スタイルで映画作ってたんだと思うんだよね、台本やストーリィもきっちり決まってなくて、数本撮ってその中から、これはいいんじゃない?っていうシーンを選んで繋ぎ合わせる、っていう。
だから俳優の演技もその場の場当たり的な演技になっちゃうし、辻褄が合わなかったり話の持って行き様が豪快に力技だったり、作品の性質自体がなんだかちぐはぐな感じがしたりしちゃう。
ひとつひとつのエピソード自体は面白いんだけど、全体として見ると…っていう…
良くも悪くもそれが香港スタイル、って言えばまあそうなんですけど。
そして、まあそれも香港スタイルっちゃ香港スタイルの常なんですが、なんかひっじょーにチープ感漂いますよねこの作品(笑)Vシネマ?!(笑)

シーンの継ぎ接ぎ、と言えば。
ジョニーの道場破りシーンの前のジェットの道場“訪問”シーン、袖の長さがいつもに増して長く、右手が全く見えていない状態なんですが。おそらくあのシーン、別撮りシーンと思われ、きっと骨折のギプスを隠す為なんでは無いかと。一回だけ、リンチェイ、そっと右手を庇う様な仕草をするシーンがあります。その直後のシーンでは右手を使っていて、怪我もしていない様なので、右手隠れシーンだけが別撮りなんでしょうかね。
そういえば麺屋シーンでも、右手をずっとテーブルの下に隠したままでしたよねえ。「あひるちゃん」よりはお袖の方が、マシ、のような気も。

ところでこの作品、黄飛鴻の現代版、と言う事なんですが、えーと、リンチェイの演じたジェットが黄飛鴻、なんですか?あれ?それともタク師匠が黄飛鴻?
たしかにこの作品でのリンチェイのファイトシーン、洪家拳を多用している様なんですが。しかも師父っぽい決めポーズもあるし。んじゃやっぱりリンチェイが黄飛鴻なんか。じゃタク師匠は…えーと、黄飛鴻に「寳芝林」を譲ったのは父親だから…ってあれか、そんなことに拘らなくてもいいんだよな(苦笑)

おそらくツイ・ハーク、今作でやっぱり黄飛鴻に現代の衣装は似合わん、と思い知ったんでしょうな(笑)
黄飛鴻には長袍!まったく同感です(誰に同意してるんだ)

hardblad02.jpg
あ!そうそう、お師匠様であるタクを演じていたのは、元華(ユン・ワー)。
そうです、あの元華!なんですよ。かの「七小福」のひとりであり、サモハンキンポー率いる洪家班でスタント・チームの一員として活躍、ブルース・リーのボディダブルを勤め、ゴールデンハーベスト黄金時代を語るには欠かす事の出来ない存在。
最近では、かの名作『カンフー・ハッスル』の大家さん役で活躍、往年の香港カンフーアクションの真髄を見せてくれておりました。
流石にこの頃はまだ若いわー(当たり前です)





以下腐女子的見所。閲覧ご注意。
posted by radwynn at 20:27| Comment(2) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月22日

『カンフー・カルト・マスター/魔教教主』

『カンフー・カルト・マスター/魔教教主』

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どうやら、3部作の2作目、として製作されたらしいこの作品。
冒頭にめちゃくちゃ情報が詰め込まれたナレーション(おそらく1作目のダイジェスト)が挿入さており、またラストは次回作に続く、という状況で締めくくられております。
しかも作中にちりばめられた幾多の伏線はどれもこれも未解決。推理モノの解決編がお預けになったような状態です。
その上、戦闘シーンはワイヤー使いまくり、っていうかもう有り得ない戦いぶり炸裂。倚天剣はビームサーベル状態だしー。空飛んでるしー。ビームみたいに気弾が炸裂するしー。摩訶不思議、つうか、笑ってしまうような攻撃方法とか、戦闘シーンのバックに流れるムード歌謡みたいな歌とか、とにかくもう腰砕けシーン満載なんすよ。
そうかと思えば、スプラッタなシーンはやたらとリアルにグロいし。有り得なさの分、リアル以上にグロいかも。

設定上は倚天剣と屠龍刀を手に入れれば最強、とかなってますけど、それなくても、九陽神功と乾坤大揶移あれば最強だしさぁ。なんか設定自体が崩壊してない?

武侠映画ファンの間でも評価は低いらしいこの作品。成る程なあ、と頷いてしまう内容です。

しかし。だがしかし。
…この作品、私、密かに、お気に入りでございます…

なんとなれば。
お察しの通り、全てはリンチェイの所為でございますよ。

この作品のリンチェイのキャラクターは、他の作品のリンチェイの演じるキャラクターとは、かなり、趣きを異にしております。

34.jpg歪んでるんですよ。表には現れないところで、静かに、深く。
そしておそらく、自分自身も自分が歪んでいる事に薄々気付いている。
歪んでしまうのも無理は無いという生い立ちではあります。
父が目の前で無理矢理自害させられ、母も後を追う。「仇を討て」と言い残して。
しかも、母は、彼を抱いたまま、自らの命を絶つんですよ。
女は恐ろしい。どのようにすれば息子の心に「復讐」の二文字を深く刻み込むことができるか、彼女が最も良く心得ていたんですね。息子の精神を犠牲にしてまでも。
仇を討ちたいと切実に思うも、武術を修得する事の出来ない呪われた身体。逞しく成長して武術の修練を積み強くなった唯一の幼なじみからは、自分が因では有るが自分の所為ではない理由で疎まれる。
彼の心を読み解く事の出来る父母は無く、優しいけれども老師はやはり師であって親では無い。老師が優しければ優しい程、モウゲイの心は深く沈んでいったのでしょう。
モウゲイの歪み方は尋常じゃありませんよ。ボーダーぎりぎりです。そしてそれを気取られない方法さえ、彼は知っている。
明教の軍師はそれを見抜いていましたが、それは彼が聡明である事に加えて、おそらくそれほどモウゲイと親しく無い故、だと思います。
親しい者程、モウゲイの歪みに気付けないんです。それがモウゲイの怖いところなんですよ。モウゲイもおそらく意識して周りの者を欺いているつもりはないと思います。欺くという言葉を使うのは違う様な気がする。むしろ弱い生物の擬態に近いものの様な。周りの心を察し、その意に染む様に己自身を操作する、自分でもそれと意識せぬうちに。意識してそれを行う時のモウゲイは実に恐ろしい存在です。
むしろ気付かない周りの人々が悪い様な気がする。気付いてやれれば、モウゲイがあれほどに歪む事はなかったんじゃないか、と。
いや、歪んでるからこそ、私はこのキャラクターが好きなんですけどね。


…いや、別に、作中でモウゲイがそこまで歪んでいる風に描写されている訳では無いですし、表面上はむしろ正義の主人公なんですけどね…
何故か見てると私はそんな気がするんですよ。そして、そういうモウゲイが愛しくてたまらない。

あ。そうそう。もう1つ、このモウゲイというキャラクターには、他のリンチェイのキャラクターは持ち合わせていない特徴があります。
「下ネタ」。
サモ・ハン・キンポー演じるところの老師との下ネタ漫才はもう、悶えますよほんとに。なんて事をに口走るんですかリンチェイ!…嬉しいからもっとやって。

そして更に。この作品では、滅多に見れないリンチェイの姿がまだもう1つ用意されています。
一方的に押さえつけられいたぶられるリンチェイ。しかも、抵抗しない、のではなく、抵抗したくても出来ない、んですよ。なんと美味し珍しい。

因にこの作品、プロデュースはリンチェイ自身です。………師父…貴方って人は…orz

『カンフー・カルト・マスター/魔教教主』ストーリィ詳細
日本語字幕と吹き替え版の台詞より書きおこしてあります。
殆どのストーリィと結末に言及しておりますので、ネタバレがあります、ご注意

↑めちゃくちゃ長文です。


そうだ、忘れちゃいけない。
この作品、どのように荒唐無稽でアレな内容であろうとも、ゴールデンハーベスト黄金時代のファンの方は、一度はレンタルしてご覧になる事をお勧め致します。
ラストバトルで、リー・リンチェイとサモ・ハン・キンポー、2人の太極拳が同時に堪能出来ると言う貴重シーンが用意されているのです…
そこまで見るのが苦痛、と仰る向きには、このシーンだけでも、是非。


以下、萌ポイントのリストアップですが腐女子ネタを含みますのでご注意。
posted by radwynn at 22:10| Comment(0) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『カンフー・カルト・マスター/魔教教主』ストーリィ詳細

日本語字幕と吹き替え版の台詞より書きおこしてあります。
殆どのストーリィと結末に言及しておりますので、ネタバレがあります、ご注意



伝説によると―
昔 ゴッチンとその妻ウォンヨンが宝剣を手に入れてその刀に金を混合させ屠龍(トウロン)刀と倚天(イーティン)剣という二ふりの刀に作り替えた。
2人は習得した戦術を刀に刻み込み最強の武術とされる武術書“九陰真教”(きゅういんしんきょう)の秘技を隠したため刀剣を手にする者が武術界の頂点に立つと言われた。
こうしてその刀剣を手に入れようと邪な考えを抱く者、高潔な志を持つ者たちが熾烈な戦いを繰り広げ、やがて2つの勢力が形成される。
1つは少林を筆頭とする中原六大派―少林派 武當派 峨嵋(がび)派 崑崙派 空洞(こうとう)派 華山派 である。
一方、彼らと敵対するもう1つの勢力はペルシャから来た拝火教の一派、明教である。
“魔教”と呼ばれるこの一派は時の政権元王朝に対し反乱を起こしていた。
彼らは本山を光明頂に置き4人の法王が大きな力を握っていた。
紫衫龍王(しさんりゅうおう) 白眉鷹王(はくびようおう) 金毛獅王(きんもうしおう) 青翼蝠王(せいよくふくおう)の4人である。
両勢力の者同士が親密になる事は禁じられ死罪とされていた。
しかし 張三豊(チョン・サンフォン)率いる武當派の五番弟子張翠山(チョン・チョイサン)はこの理不尽な決まりを無視し白眉鷹王の娘の殷素素(ヤン・ソウソウ)と恋に落ち、更に金毛獅王ジェーソンと兄弟の契りを交わした。
ところがジェーソンの師匠シンコンが元王朝に加担してジェーソンの一族を皆殺しにしたため、ジェーソンは六大派から屠龍刀を奪い一族の仇を討ったが、この時多くの六大派の人々の命をも奪ってしまった。
張翠山(チョン・チョイサン)夫婦はジェーソンと共に六大派の追手から逃れるため人里離れた桃源冰火(とうげんひょうか)島に渡った。
屠龍刀を手に入れたもののジェーソンは隠された秘技を解き明かせなかった。
時は流れ―
師匠張三豊(チョン・サンフォン)の100歳の誕生日。
張翠山(チョン・チョイサン)は妻と息子の無忌(モウゲイ)を連れ師匠の元を訪れた―

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posted by radwynn at 21:55| Comment(0) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月19日

『少林寺2』

原題は『少林小子』、英語のタイトルは『Kids from Shaolin』。『少林寺』のストーリィとは全く関係の無いストーリィです。なんで『少林寺2』なんだ?と、見終わった後に疑問に思う程(笑)

まあ、出演者と製作が1作目の『少林寺』と殆ど同じ、なんですけどね。

こちらはファミリー向けのおとぎ話になっています。冒頭がほのぼのアニメになっていたり、突然ミュージカルの様に皆が謳い出したりして吃驚。残念ながらリンチェイの歌声は吹き替えですが(笑)丁嵐@二鳳の歌声は本物だそうです。

昔々あるところに…で始まる形式のストーリィは、特にこれと言った起伏も無く、ほのぼのムードで、おかげで話の流れが今ひとつ掴めなかったり(笑)だってなんだか同じ事を繰り返してるんだもん〜(笑)

『少林寺2』ストーリィ(粗筋をラストまで書いていますのでネタバレあり)

可愛らしい子供達が元気に飛んだり跳ねたりするのを見るのは微笑ましいですなあ。…てか、微笑ましい、とかいうレベルじゃないんですけどねこの子達。当時10歳から15歳の子供達なんですが、少林拳の技もさることながら、演技もしっかりしてるんですよねえ。恐るべき子供達…

しかしこの作品、リンチェイファンには見所満載。なんと言っても、リンチェイが美しい。若く美しいリンチェイと、凛々しい顔立ちの黄秋燕の演武はまことに美しゅうございますよ。特に洞窟での2人の剣の表演は見事。流れる如くのその所作、指先まで集中された神経、美しい飛翔、まるで高度な舞踊のようです。

この黄秋燕(ホァン・チューイェン)はリンチェイの前妻で、この後の『阿羅漢』でも共演した後に結婚しています。で…1990年に離婚。その間にリンチェイとの間に2女をもうけています。北京武術隊でのリンチェイの幼なじみだったそうですが、『少林寺2』の演武を見ていると、なんだか彼女が本当に嬉しそうでねぇ…

そしてリンチェイは色んな表情、色んな格好を見せてくれます(笑)

武當派がらみなんで明か清、と思ったんですが、あれだ、おとぎ話なんで時代考証はどうでもいいらしく、おそらく唐時代、の設定ですね、あの衣装と髪型。当初は長髪の、『少林寺』での登場時の小虎そのまんまの衣装と髪型です。途中で坊主頭になりますが。

その他にも、キンキラキンの赤い婚礼衣装を着ておどけてみたり。

shaolin2_01.jpg
…私的にツボったのは、侍女に化けたリンチェイでしょうか…
…あの…綺麗過ぎですよアレ…
むしろカツラ被ってるとき(←)よりも、二鳳に「誰?」と誰何されてカツラを外したときの方が破壊力大でした…坊主頭…で…薄化粧…ヤバ過ぎ…orz

リンチェイの表演も沢山用意されていて嬉しいところ。黄秋燕@三鳳の武當剣と棍で対決するシーンでは、コミカルさもあって一層可愛い。このシーン、リンチェイの衣装の股の部分は、黄秋燕@三鳳の剣で破かれてるんですね。んで、棍特有の立ちポーズ、バレエのアティチュードの様に片足を上げ膝を曲げて決めるポーズを取ると、その股の破れ目が見えちゃう。で、アレッとそれを覗き込んでは、ささっと足を降ろして股を閉じるポーズに変える。この仕草が可愛くてねー(笑)

そうそう、胡堅強@二龍とのシーンもなかなか見応えが。リアルマトリックス。ワイヤーなしだよ?どうしてそんな跳躍ができるんだ?!ってなりますよ(笑)だって地面と身体が水平だもん…そんでくるくる回ってるんだもん…。
この人たち、結構凄い事をさらっとやっちゃうから、流して観てるとそんなに凄いと思わなかったりするんですよ。当たり前の様にやっちゃうんで。で、スロー再生してみたりすると、「…ハァ?」ってなる事が多い…有り得ねえ跳躍力だったり、もの凄いバランス感覚だったり。本当に支持無しで有り得ない角度に身体を保持してたり、剰えそっから蹴りが出たりしますから…

『少林寺』に比べると、こちらの方が、各人がアクションとしての少林拳、というものを把握して来た、というか映画慣れした、というか。乱闘シーンでは、表演ではなく、ちゃんとアクションになってます。

…なんかどう見ても変な武器がいっぱい登場するのは、まあ、おとぎ話のご愛嬌だ(笑)盗賊団がやたらと弱い(子供にも敵わない)のも、おとぎ話のご愛嬌だ。

…盗賊団の首領を崖から突き落としておいて「わぁ〜いわぁ〜い」と喜ぶ子供達も…おとぎ話のご愛嬌…でいいのか?!…やはり恐るべき子供達…
posted by radwynn at 21:48| Comment(0) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『少林寺2』ストーリィ(粗筋をラストまで書いていますのでネタバレあり)

昔々、ある川の側に、向かい合って暮らす2つの家族がありました。

龍家は家長の天龍とその弟の二龍が、8人の男の子を育てて暮らしていますが、家はあばら屋、苦労して貯めたお金はやっと牛4頭分、と、貧しい暮らしぶり。

鮑家は元々この地に住む裕福な一家。ところが何故か子供は女の子ばかり。家長の鮑は跡取り息子を切望しているのですが、9人目の子供もやはり女の子。

鮑が跡取りを欲しがるのには、訳がありました。鮑家は武當派を継承する家柄で、鮑は己の持つ技を継承する男子を必要としていたのです。三女の三鳳は子供の中では一番の使い手、性格も男勝りで、「私が後を継ぎます!」と意気盛んですが、鮑は「女はいつか嫁に行く」とやはり男の子が欲しい様子。
ところで鮑は「女はいつか嫁に行く」と言いながらも、「龍家にだけは絶対にやらん!」と言いはります。龍家の家長天龍と弟二龍は少林拳の使い手で、子供達にも少林拳を教えているのですが、武當派と少林派は、長い間お互いの武術の方が上、と争い合う間柄なのです。鮑は、少林派の龍家が、鮑家の武當派の技を盗もうとしていると勘ぐっているのでした。

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posted by radwynn at 21:44| Comment(0) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月14日

『少林寺』

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1982年、日本公開作品。李連杰(リー・リンチェイ)、花の18歳。5年連続中国全国武術大会優勝の「少林拳の至宝」初出演そして初主演作品。

この頃のリンチェイのアクションを観ていると、「風姿花伝」に世阿弥が記した「時分の花」と言う言葉を、実感せずには居れません。
中国の四季の景色(を表すセット)の中で表演するリンチェイは溌剌として美しい。伸びやかな手脚、小振りな頭、艶やかな肌、皮膚の下に捩れ動く筋肉さえもが流れる様に美しく、いつまで観ていても厭きるということがない。人間の肉体が此れ程に美しく激しく躍動する事が出来るのか、と、驚愕と共にうっとりとしてしまう。
けれど、それは、リンチェイ自身の若さの美に過ぎないのだ、と。
『SPIRIT』でのリンチェイの表演の美しさは、『少林寺』のリンチェイの美しさとは、全く別のところに或る。ラストシーンのリンチェイは、美を通り越して、神々しくさえ在った。あれこそ、「功夫」「武術」の真髄なんだろう、と、素人にさえも朧げながらに掴める程の何かが、彼の全身から溢れていた。
『少林寺』シリーズの頃のリンチェイは、その美しい肢体を必要以上に包み隠す事はあまりしなかった。最近のリンチェイは、反対に指先と顔以外の肌が見えている事の方が少ない(笑)のだが、これさえも、もしかすると、「秘すれば花」なのかも知れない、と思わせる。リンチェイが我々に観せたいのは、己の肉体の美しさでは無く、武術の真(まこと)の花、なのだ、と。

さてさて。
『少林寺』に話を戻して。

『少林寺』ストーリィ詳細:(粗筋をラストまで書いていますのでネタバレがあります)

えー。
この『少林寺』のストーリィ、『阿羅漢』のストーリィと、かなり被ってるんですね。そんでもって、出演者も殆ど同じなんでね(笑)
混同しちゃってる方もいらっしゃるのではなかろうか、と。老婆心にて。
…っていうか私自身がちょっと危なっかしかったんだよ、記憶が(苦笑)

見所は、本当の武術の達人達による本物の少林拳…だけでは無かったりする。
リンチェイはこれが映画初出演、そして彼を取り囲む少林寺の拳士たちも、大半が役者ではなく、武術者。にも関わらず、彼らの演技が実に自然で伸びやかなんですね。
古装の功夫物ですから、少々のクサい演技や大仰な見栄があってもそれほど気にはならない、むしろスパイスとして美味しいくらいだ、というのもありますが…
それにしたって、今回じっくり鑑賞してみても、なんというか、彼らの演技、嫌みがない。元々、武術の表演というのは、鑑賞者に己の技を見せる事が目的ですから、実は彼らは潜在的に演技巧者なのかもしれませんね。しかも、妙にひねくれたところが無く素直な表現をするので、本当に心から笑ってるんじゃなかろうか、と思わせる爽やかな笑顔を見せてくれたりする。
有り得ねぇ!と思わず叫んでしまうような超絶技巧の功夫がぶつかり合うアクションシーンと、子供の様に素直に笑う彼らの日常生活の、その落差の妙、というのが、私の感じたこの作品の一番の見所、ですね。

実はね、この『少林寺』、私はそれほど、アクションシーン自体に感動した訳じゃないんです。功夫は確かに素晴らしいのですが、アクションシーンとしての見せ方が今ひとつ、だと思うんです。
出演者も、撮影する側も、これほどの功夫をどのように映画的アクションに生かせばいいか、未だ模索中、とでも言いますか…功夫に撮影が追いついていない、と言えばいいのか…
アクションシーンとしてみると、この後の『阿羅漢』、そしてその後の『黄飛鴻』シリーズの方が、完成されていると思います。
ですから、少林拳として見所なのは、むしろ表演シーン、なのかもしれません。

あ、そうそう、私は文化の違い、と思っているので別段なんとも思いません、というか、むしろ旨そう、と思ったりするんだが、吃驚するかもしれないシーンとして、犬バーベキューシーンがありますな。
なにが可笑しいって、犬(しかもお師匠様の娘の犬)の首に縄をかけて引っ張り上げるなんてそりゃ死ぬだろ、な事をやっておきながら「殺す気はなかった」とかって滝の下に埋めに行き、一旦埋めて「景色のいいとこに埋てやったからいいだろ」とか言った舌の根も乾かぬうちに「埋めるのは勿体無いなー」って、あんた!(爆笑)
おまけにお師匠様!「普通は鍋で喰うもんだ」って、問題は其処じゃないでしょうに!(爆笑)殺生した上に肉喰ってる、つーの(笑)
と、私は非常に笑えるシーンだったんですが、受け付けない方は受け付けないシーンかも知れないので、ご注意。
この犬肉ネタは『黄飛鴻』シリーズにも出て来ますね。師父は犬好きだそうですよ(笑)


…以下、腐女子的見所…閲覧注意
posted by radwynn at 21:40| Comment(0) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『少林寺』ストーリィ(粗筋をラストまで書いていますのでネタバレがあります)

「汝、殺生の罪を犯すなかれ―この教えを、守れるや否や?」その声に、若き僧侶ははっと顔を上げる―

時は群雄割拠の時代、極悪非道の王将軍はその圧政で民を苦しめていた。王将軍の圧政から逃れた民は、少林寺に逃げ込み、寺の境内は今や難民で溢れている。
そんな折、一人の少年が、少林寺に転がり込んで来た。彼の名は小虎、父を王将軍に殺され、自分自身も深手を負いながら、必死にここまで逃げて来たのだった。
雲宗和尚とその弟子達は、高僧の反対にも関わらず、管長に少年の保護を訴え、管長はみ仏の教えに従うべき、として、これを許可する。

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posted by radwynn at 21:35| Comment(0) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月04日

『英雄 HERO』

actor_jetli_06.jpg

2003年、中国
監督:チャン・イーモウ
出演:リー・リンチェイ
   ドニー・イェン
   トニー・レオン
   マギー・チャン
   チャン・ツィイー
   チェン・ダオミン

ストーリィ:
中国・戦乱の時代。ひとりの剣客が、全土統一を図る秦の王の元にやって来る。王の命を狙っていた三人の刺客の持っていた武器を携えて。その男、無名は、王に請われる侭、三人の刺客との戦いの物語を紡ぎ始める…


美しきかなアジア。
潔し、東洋の精神。
ずるいっすよ、これはもう、彼の国で無ければ創り得ないフィルムですよ。
画面にそれが映っただけで心の震える景色。
手に汗握ると言うのでは無く、心の震えるアクション。
アクションじゃなくて‘功夫’、これこそ。
その色に、その音に、その動きに、全てに、心が震えるんですよ。これはもう、観賞とか言う次元じゃ無くて。感賞、という言葉を創りたい。
全てが綺麗に整えられていて、雑念を払われる気持ちです。
映画自体が功夫の極意になり得るような。
黒を基調とした無彩に近い色調と、非常に鮮やかなしかし選び抜かれた色彩。
嫋々たる音楽の音色と、無音の空間に響く武具の起てる音。
卓越した個の人格と、統率されたもしくは多数によって個となり得る群集。
悠久たる只在る事で神宿り得る自然と、有限の命ながら義と勇によって永遠足り得る人。
漢字の力って凄いと思いました、登場人物の名がまさに全てを顕わしているんですから。
主人公とされる男の名は「無名」。まさに、名も無き群集の心そのもの。
ラストシーンの彼の晴れ晴れとした表情。
「…殺」の一言に、「天下」の意味を知る。
感動と言うよりも得心と言った方が良いかも知れない、「これだ、これだったんだ」みたいな共感が沸くんですよ。
この「潔さ」と「覚悟」こそが美、だと。
『英雄』とは、いったい誰だったのか。
刺客達だったのか、無名だったのか。それら全てを胸に呑んだ「大王」こそが、『英雄』足り得るのではないか、と。そうでなければ、ならないのだ、と。

観ていて嬉しくなっちゃうシーンの目白押しなんですが、書き留めてみると…
最初の決闘シーン、無名(ジェット・リー(って書くよりリー・リンチェイと書きたい))と長空(ドニー・イェン)の功夫の素晴らしさ。
ドニーの操る槍の動き!その音!あのゥイィィィィン、ってな響き。剣と槍の激突する音でそれを操る者の‘本気’が推察出来るって、嬉しいなあ。
この最初の決闘シーンだけでも、観る価値ありです。
ワイヤーワークは、ここまでやるかー、な荒唐無稽さ、なのに(飛翔はともかくも蹴りや回転は)もしかしたらほんとにやってるかもしれん、と思わせる説得力。
この戦いが‘観念的’なものである、と言う事を理解しておかないと確かに余りにも荒唐無稽かも知れません。が、功夫の極意とは映像にすればおそらくこうなるんだと。秦軍の矢にしても、射かけられた側から見れば、恐らく、ああいうふうに感じられるんではなかろうか。当時としては画期的な攻撃方法だった訳だから。
この秦軍の弩と長弓にも歓んじゃいました。マスゲームの素晴らしさは東洋ならではでしょうか。号令一発、おびただしい数の兵士が一斉に動作するのはそれだけで感動ものです。それがまた、CGとかじゃなくてほんとに群集なんすよ、さすが中国。CG使うより人間使った方がコストパフォーマンスが良いんだ…。動く兵馬俑。すげえ。
風の中を疾駆する騎馬にも歓びました。幡(旗)を掲げているんですが、その幡が、ぴしーっと揃ってるの。疾駆しているのにも関わらず、上下動が最小限。東洋の神秘と言われた操馬法です。これをあれだけの数の馬がちゃんとやるんだから。
この秦軍の兵士達の起てる音がまた。革鎧の擦れる音、群集の揃った足音、一斉に引く弓の、弦のギリギリという音。連呼する「大風!大風!」の声。
卓越した個として描かれる刺客と秦王の衣装の素晴らしさ。‘物語り’の性質を顕わして変化する衣装の色、その厳選された微妙な色合いの色彩の素晴らしさは言うまでも無いんですが、特に私が好きだったのは、無彩に近い無名と秦王の衣装でした。ジェット・リー、似合い過ぎ!物凄い説得力だったです、あの姿。秦王の鎧の、作り込まれたディティールもさることながらその起てる音。ぎち、と鳴る鎧。本物だー。そして立ち姿の美しさ。緑の垂れ幕の間から登場する回想シーンの秦王の風格と威厳と美。
でもってこの秦王が強いときたもんだから一気にお気に入り度UPです(笑)。秦の始皇帝についてはその後の歴史を知っている分、万感迫るものがあったりします。
無名の最後の表情の確信犯的天晴れさも、そういう意味では少し痛いかも。
しかし、あの広大な国を、確かに秦王は統一したのだから、彼らの行為は、無では無かった、と、思えます。
「あり得ねえ!」けど「納得出来る」、説得力の在る映画でした。って、これで納得出来るのってもしかしたら東洋人だけなんかなあ?
posted by radwynn at 16:33| Comment(0) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月31日

『ヒットマン』

…師父…
ほんとに、ゴメン。もう、勘弁して。

hitman01.jpg 
 …天然全開で周りを籠絡しまくる愛くるしい生物が居るよ…

 1998年、35歳。
 『リーサルウェポン4』と同年ですな…


香港でひとりの日本人富豪が殺された。同時に彼の設立していた“復讐基金”が発動する。犯人(暗殺依頼主及び実行犯)の命と引き換えに支払われる1億米ドル争奪の為に世界中から殺し屋とそのエージェント達が香港に集結する―
その頃、同じ香港の下町に、落としたコインを全速力で追いかける貧乏な男、フウの姿が有った。人を殺せない優しい“殺し屋”フウはいつまでたっても稼ぎが無い。故郷の母の為に、と、一念発起して即席のエージェントとなった詐欺師のルーと共に“復讐基金”に飛び込むが…

コメディ&ドラマ部分は、詐欺師ルーを演じるエリック・ツァンのおかげで充実してます。流石!な存在感と洒脱な演技。この人、幾ら大げさな演技をしても何故かハマっちゃうのが不思議です。リンチェイの演じる「田舎から出て来た超天然の素朴な男」フウとの掛け合いは非常にバランスが取れていて良かったなー、と。娘との確執を抱えるダメパパ演技も、コメディたっぷりに演じつつも、後ろ姿に哀愁漂うあたりなんざ流石。

ストーリィは富豪を殺害した“炎の天使”と呼ばれる暗殺者を巡って、殺し屋・富豪の孫・警察の三つ巴で展開して行きます。
この“炎の天使”ネタがうまく機能してて、結構、きちんと謎解きものっぽくなってるんですよ。香港ものしては(失礼な奴)。
時折ミステリアスな表情を浮かべるフウ、何か秘密を隠しているらしいルー、そしてフウにねちこく迫るチャン刑事(サイモン・ヤム)(笑/でもほんとに視線がねちこいんだよ!恋ね!恋なのねそれは!)

フウは元特殊部隊に所属していた兵士、という設定なんですが、暗殺用の部隊なんじゃねえの?と思わせるシーンがちらほらと。
冒頭、塚本ビルの受け付けで見せるアクションと、ルーに「腕を見せろ」と言われてしぶしぶチンピラ達をのす時のアクション、凄くシンプル且つ効果的な技なんですよね。特に対チンピラ戦での、相手の腕の動きを自在に制御して己の武器で己を攻撃させる技、とかね。勿論、‘光線指輪’男とのバトルやラストバトルシーンでは豪快な技も使ってるんですが。
そしてそして、上に貼った画像の直前、遊園地で子供達と一緒にコイン投げに興じるシーンですが、ここでフウがコインを投げる時に使ってる技が、なんと羅漢銭!!さりげなくやってるんですが、渋い!(笑)このシーンで彼が“暗器術”を修めているのが判る訳ですね(流石に指弾じゃ不自然過ぎるから羅漢銭にしたんだろうなあ)。その後の暗殺未遂(笑)シーンでも、テーブルに置いてあった果物ナイフをさりげなく凶器として使おうとしているし。殺戮用に特化した武器だけではなく手近な日用品さえも凶器として操る、それが暗器術。
「本当に特殊部隊だったのか?」と仕事の不出来をなじる仲間に言われてましたが、もしかして決して人には言えない過去を背負っているんじゃなかろうか、この男フウ。その風貌と佇まいからは到底伺い知る事の出来ない、血塗られた闇を、抱えているんではなかろうか。…とか思って観るとまた楽しかったりしますな。(いや、その設定だと『ブラック・マスク』だから)

フウのアクション(と言うには重箱の隅的ですが)で思わず繰り返し観てしまうのが、子供の父親を狙う殺し屋を肘打で倒した後、後ろ向きのまま蹴る時の、脚の動きと体重移動。
踵で蹴ってるのかと思ったんですけど、スローで観るとちゃんと足の裏で蹴ってるんですね。そして軸足は全くぶれもせず。蹴り終えて静かに横に揃えて置かれた蹴り足へ、実にスムーズに、ゆっくりと体重が移動して行く様は見事です。これと同じ体重移動は、『ザ・ワン』の八卦拳の際にも観られます。さりげなさ過ぎる動きですが、これぞ、功夫の真髄かと。



以下、腐女子的見解。閲覧ご注意。
posted by radwynn at 17:26| Comment(0) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月30日

『冒険王』

えーと…
感想述べる様な作品じゃないんでー…
香港版インディ・ジョーンズ、つうことなんですけどね。
そんで、考古学者で腕っ節も強く‘冒険王’の異名をもつワイ博士をリンチェイが、その助手を金城武が演じてるんですよ。
でもねー、もうねー、どうでもいいんですよ、ストーリィとか、シチュエーションとかは。もうどんなに陳腐でも珍妙でも。つじつまとか香港映画には存在しないし。瞬間瞬間を精一杯楽しむんだみんな!(なんか違)
所見は、リンチェイと金城武の女装、リンチェイの功夫、それだけ。
あ、あとあれか、リンチェイのダンスな。ユンフンに「電話するわ」とか言われて喜ぶワイ博士の超可愛いダンス(笑)なんじゃそりゃ、つうの(笑)ダンス、つうか、なんか新しい套路ですか、みたいな(笑)
あー、それと、「さっきと衣装が違うわ」っていぶかしむユンフンに、しごくふっつーに(っていうか幾分格好をつけて)「時々女装したくなるんだ」って言ってのけるワイ博士。オイオイ。だれか突っ込んでやれよ!
いや実際、リンチェイの女装はイケてましたが。何か。
元々、少林拳の中にある“白鶴拳”は女性が始祖とされていて、その歩法は妙齢の女性の歩くが如くの‘姑娘歩’という歩法なんですな。ですからこの拳を修めているならば、女性の様に歩くことなど朝飯前、と言う事に…は…ならんかやっぱり(笑)
しかしリンチェイ、ノリノリでしたな(笑)ほんと面白いわこの人(笑)
その後のハリウッドではお目にかかれないとんでもないノリのリンチェイを観る事が出来る、という意味では、価値ある1本でありましたよ…

特殊効果を用いたスペクタクルシーン(んー…スペクタクル…えーと…すぺくたくる、ねー…)ではない、正真正銘の功夫アクションシーンが思ったより少ないのがちょっと残念。功夫といえるシーンは2カ所だけだったんですよねー…。しかしそのどちらもが目を見張る素晴らしさですよ。多分ワイヤーそんなに使って無いと思う(使って無いとは言わないけど)。
私は最初の暴漢撃退シーンの方が好きだなー。
リンチェイ当時33歳。風の如く、火の如く。空間を自由自在に駆け巡るその肢体は重力と言う概念を何処かに置き忘れたかのようですよ。仮令ワイヤー使っててもいいんですよもう、リンチェイならやる、と思わせるその説得力が既に功夫。
香港映画なんで蹴散らされる方も本職です。身体を張ってリンチェイの蹴りを受け止めて吹っ飛んでくれます。ハリウッドの当らずに吹っ飛ぶ軽さはここには有りません。
しかも撮る方も慣れてますから、流れが本当に美しい。カメラワークなどそっちのけでひたすらリンチェイの動きを捉える画面…リンチェイのスピードが速過ぎて映ってないってことはあったりするんですがまあいいや…
しかしリンチェイの飛翔は本当に美しい。一瞬、地球の束縛から解き放たれて空に存在するものになるんですよね…有り得ないから、それ。まあ、それが降って来ながら必殺の一撃を繰り出してくる訳ですが。怖いよ。
お気に入りは、相手が倒れるまでに片足で4発喰らわす蹴りのシーン。多分リンチェイ、ほんとに出来ると思うよあれ。
日本領事館でのアクションシーンでは、九節鞭(キャー♪)(何で)(いや、つい…)を使うんですが、これがまたすげえの。なにやってんのかもう判んない(笑)。全身を使って九節鞭を振り回してるんですが、これほんとに出来んのかよ人間に、みたいな動きです。確か『少林寺』の鍛錬シーンでもやってたと思うけど(後注:『少林寺』の表演で使ってたのは三節棍でした)、アクションシーンなんで敵役のニンジャ部隊(笑)が入り乱れてて、一歩間違うとほんとにヤバい事になりそうなシーンでした。あ、一部、『ロミオ・マスト・ダイ』のホースアクションにも取り入れた動きが有ります。が、こっちのは速過ぎです(苦笑)。ほんとにもうどうなってんだ、リンチェイのバランス感覚&身体コントロール能力って。
因にここで使われている九節鞭、普通のものよりも太いと思います。普通の九節鞭って指くらいの太さのパイプのようなものを繋ぐんですが、この時リンチェイが繋いでるのって、真ん中の膨らんだ紡錘形のものなんですよね。その分重いだろうから、それをあのスピードで振り回したりしたら、ヒットしたときの破壊力はいかほどかと…ほんと怖いわ、リンチェイって。

…あとはあれだな、ロマンスっぽいことも一応やってますよ(笑)なんかいろいろ変だけど(笑)

posted by radwynn at 17:28| Comment(3) | Movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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