2010年01月31日

中華電影データブック

CMDB.jpg
中華電影データブック 完全保存版
俳優・スタッフ850人、作品600本以上を収録した中華電影ファン必携のデータブック!


アンディ・ラウ、トニー・レオン等有名どころはもちろんのこと、リンチェイもちゃんと掲載されておりますですよ!

しーかーも!
なーんと、鬼丸ことアンディ・オン(Andy On 安志杰)が!「演技もできる新世代アクションスター」と!「期待大」で紹介されております!

ウーちん、ダニエル、テレンス、ニコちんももちろんおりますよ♪





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2008年02月13日

One Foundation

リンチェイの設立した「壹基金/One Foundation」への支援を表明する香港・中国の映画人達の動画、「One Big Family」。
小太郎さん、情報を有り難うございました♪

One Big Family 1

『投名状』撮影シーンと、移動中・撮影後に壹基金の理念について熱く語るリンチェイの姿は、ホホエマしいと言うか、そんなに頑張らなくても、と心配になると言うか…
ほんとに思い込んだら一筋の人ですね…
<登場する人々>
アンディ・ラウ劉徳華、ジェイ・チョウ周杰倫、ラウ・チンワン劉青雲&エイミー・クォック郭藹明、エリック・ツァン曾志偉、ジョン・ウー呉宇森、ピーター・チャン陳可辛、ロニー・ユー于仁泰、イー・チュンマン奚仲文、ジェイコブ・チャン張之亮、フォン・ピン方平、ユエン・ウーピン袁和平、ゴードン・チャン陳嘉上、ウィリアム・コン江志強、ン・マンタ呉孟達、シャーリーン・チョイ蔡卓妍、ウー・ジン呉京、シュー・ジンレイ徐静蕾、ジン・ガンシャン景崗山、ワン・カン王剛、フー・ハイチュアン胡海泉、チェン・タンチュウ(ジョー・チェン)張同祖、リー・リーチュン李立群、キャンディ・ユー余安安、レオン・カーヤン梁家仁、アレックス・フォン方中信、チュー・イェンピン朱延平、アーサー・ウォン黄岳泰、ユエン・チョンヤン袁祥仁、フィオナ・シッ薛凱h、チェン・ポーリン陳柏霖、ホァン・ポー黄渤、マンフレッド・ウォン文雋、リュウ・ケンホン劉畊宏、ダニエル・ウー呉彦祖、テレンス・イン尹子維、アンドリュー・リェン連凱、コンロイ・チャン陳子聰、ジョウ・シュン周迅、ハン・サンピン韓三平/他


One Big Family 2

こちらは『功夫之王』の撮影シーン入り。色んな人を相手に熱弁を振るうリンチェイの姿が。いつもながらなんで喋る時そんなに腕振り回すかなあ。…それ危なくないか…とか思ってしまうのは私だけですか。
おそらく北京オリンピック関連のイベントの際に録画されたと思われる画像には、オリンピック選手がずらりと。
1と重なってる人のメッセージは、1の画像の使い回しです。
<登場する人々>
ジャッキー・チェン成龍、チョウ・ユンファ周潤發、アン・リー李安、ジョン・ウー呉宇森、劉翔(陸上競技選手)、アンソニー・ウォン黄秋生、ジョイ・ヨン容祖兒、フランシス・ン(ン・ジャンユー)呉鎮宇、李娜(テニス選手)、孫海平(陸上コーチ)、楽靖宜(水泳選手)、趙宏博&申雪(フィギュアスケート選手)、ホァン・シャオミン黄曉明、銭紅(水泳選手)、ジェイ・チョウ周杰倫、アンディ・ラウ劉徳華、エリック・ツァン曾志偉、リー・リンチェイ李連杰


壹基金に関する詳細の日本語訳は、ジェット・リー公式ファンサイト「TAIYANG(たいやん)」さんの「ワン基金」ページにあります。

posted by radwynn at 23:26| Comment(4) | Miscellaneous | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月25日

迷踪拳と霍元甲

映画『SPIRIT』で霍元甲を演じたリンチェイが、作中で演舞しているのは、霍家に伝えられたと言われる、迷踪拳(迷踪芸)。
リンチェイがこの迷踪拳の演武を見せるのは、これが初めてではありません。
1994年公開の『フィスト・オブ・レジェンド/精武英雄』でリンチェイの演じる陳真が、チン・シュウホウ演じる廷恩と共に、焚き火の灯りの中、演武するシーンがあります。
廷恩が習得したと言うこの拳法こそ、霍家に伝わる、迷踪拳でした。
作中では、「迷踪拳」と言われていますが、実際には、「迷踪藝」と言うのだそうです。
迷踪拳は、秘宗拳と同じ流れを汲む拳法のようですが、迷踪拳=秘宗拳ではないようです。


『フィスト・オブ・レジェンド/精武英雄』での演武は、スピード感に溢れ力強さを強調した演武でした。
『SPIRIT』での演武と同じ拳法とはちょっと考えられない様な気もしますが、『SPIRIT』での演武を2倍速にするかもしくは『フィスト〜』での演武をスローで再生すると、あー、なるほど!と頷けたりします(笑)

ところで。
「迷踪拳」「霍元甲」についてちょっと調べると、このことは直ぐに判ると思うのですが、映画『SPIRIT』は、実際の霍元甲という人物の歴史とは大きく乖離しています。
「日本人に毒殺された」というのが、まず歴史的事実ではない、というのは勿論の事ですが、これは『SPIRIT』に限った事ではなく、精武門もの(前述の『フィスト〜』は勿論、その元ネタとなったブルース・リーの『怒りの鉄拳』等、多数)は全て「日本人による毒殺」を前提に映画が成り立っているんですよね。
しかし精武門ものが霍元甲の死後を扱った作品であるのに対し、『SPIRIT』は、彼の人生そのものを題材にした作品です。そして、その人生に、この作品は数々の粉飾と創作を織り交ぜてあります。それは彼の人生そのものの歪曲、ではあります。
彼は武門の出ではなかったし、父の武門を継ぐ1人息子ではなく、兄と弟、そして妹が存在しました。また彼の妻は娘を残して若くして亡くなってなどおらず、彼には数人の子供がありました。ましてや一家惨殺の無念に遭遇した事も無く、放浪と贖罪の旅に出た事もありません。
日本人以外の武術家と対戦した事もありません。唯一オブライエンとの対戦はありましたが、オブライエンは所謂見せ物興行のレスラーで、逆に霍元甲の挑戦を受け早々に興行を引き払って対戦から逃げ出しています。
映画『SPIRIT』は余りにも事実との乖離が激しく、また現在も生きている霍家の子孫をないがしろにしている、との事から、名誉毀損で訴えられると言う経緯もありました。
迷踪拳に関しても、その後に伝えられる事無く廃れたことから、それほど優れた拳法ではなかった、とも言われています。
…こう書くとなんでリンチェイはこの武術家を選んだのだろう、と、疑問に思う方も多いでしょうね。もしかすると、このような「嘘で固めた」作品を作ったリンチェイ自身を欺瞞に満ちた人物だと思う方もいらっしゃるかも知れません。
しかし。この作品の目的は「霍元甲の人生を描く」ことでは無かった、と思うのです。
確かに、だったら霍元甲ではなくても良かったのでは、というのもありますが…。
極私的意見ですが、私は、リンチェイが『フィスト〜』の過ちを取り戻してくれて良かった、と思っているのです。
聞きたかったのは、霍元甲が弟子達に言い残した一言でした。
「仇討ちなど無益な事。己を鍛え向上に努める事こそ武術の意味」
リンチェイ自身も、霍元甲にこの一言を言わせたかったのではなかろうか、と。
そしてその一言に、決定的な重さを与える為にこそ、あのような粉飾と創作を行ったのではなかろうか、と。
『フィスト〜』で彼が繰り広げた闘いは、壮絶で素晴らしい技術では在ったけれども、そこに本当の武の心は無かったと思うのです。きっとリンチェイ自身もその事に気付いているはず、否、気付いていて欲しい、と思っていました。
「名声を求めた時期もある。今はその事を反省している」
というリンチェイ自身の言葉は、武の心の無い作品を作ってしまった過去に寄せられた思いであって欲しい、と。
だからこそ、リンチェイは、数多くの精武門もので取り上げられている「霍元甲」を選んだのではなかろうか、と。
確かに多くの粉飾と創作に満ちた作品ではありますが、私がこの作品とこの作品のリンチェイを、愛する気持ちに変わりはありません。この映画を、私は「霍元甲伝」とは受け止めていないからです。武の心を“霍元甲”という姿を借りて表現した武侠映画、というのが、私の中でのこの作品の位置付けです。リンチェイ自身、「これが最後の武侠映画だ」と言っているのですから。
そして、政治的なプロパガンダ作品だとも思っていません。この作品でも確かに「霍元甲は日本人に毒殺された」という創作を踏襲してはいますが、その描き方は他の作品とは少し違うと思うのですね。どの世界にも富を求めて暴走する者は居り、そして日本人であっても武の心を持って理解し合える、と描写されていて、従来の日本人=悪人というステレオタイプからは、抜け出していると思うのですよ。少しずつでも、そんなふうに変化して来ている事の方をこそ、評価したい、と思ったりしています。

…あー、なんだか、こう、書いてて、無駄な事書いてるなー、って思ってます。
ぶっちゃけ、いいんですよもう私にとってはこんなことどうでも。
リンチェイの美しい姿を観る事が出来るだけで幸せなんです。ユアンジャとジンスンさんの絆を思うだけで、泣けてくるんです。
考えるな、感じろ、って、こういう事なんでしょうかね。

まあ、しかし、この映画に関して苦く思っている方々も多くいらっしゃる、という事実があることを、この映画のファンとしては、胆に命じておかなければならないのでしょうね。

ところで、黄飛鴻師父に関してはこういう話(史実と違うという意見)をあまり聞かないのは、あれですかね、黄飛鴻師父に関しては既に「水戸黄門は全国行脚の旅などしていない」とか「遠山の金さんはあんな人物じゃなかった」とか言うのに近いナンセンスさになっちゃうんでしょうかね。
posted by radwynn at 15:54| Comment(5) | Miscellaneous | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

『ヒットマン』の不思議

1999年公開の『ヒットマン』。
翌年公開の『リーサルウェポン4』で演じたクーとはほど遠いゆる〜い感じのキャラが何故かかなり私的お気に入りの作品だったりします。

ところで、ネットでリンチェイに関する様々な事柄を漁っておりまして、時々、引っ掛かって来る不可解なもの。
そのひとつが、この『ヒットマン』(原題『殺手之王』)の、USヴァージョンのDVDジャケットなのです。
USでの『ヒットマン』のタイトルは『The Contract Killer』。

jetli_contractkiller.jpg jetli_hitman01s.jpg

左が『The Contract Killer』DVDジャケット。右は『殺手之王』のポスターですが、香港版DVDジャケットのデザインもほぼ同様ですので、見やすいポスターの方を載っけてみました。

…いやこれ違う映画でしょう(汗)

っていうか、『The Contract Killer』の方のジャケットのシーン、作中に無いから!
画像自体もコラージュっぽいんですよね…顔のところだけリンチェイに差し替えてますよね?
だってリンチェイ作品でこんなシーン、見たことないもん。
むしろこういう作品があるんならものごっつ観たいんですけど。どっかにあるのか?!(錯乱)
実際このジャケットの画像観たとき、未見のリンチェイ作品だと思って購入しかけました(汗)
このジャケットだけ見てDVD購入した人、広告審査機構に訴えたりしなかったんだろうか、とか、訳の分からん心配までしてしまいます。

このジャケットがこんなデザインになった経緯を、すっごく知りたいと思うのは私だけでしょうか…


…どうでもいいけど『殺手之王』のポスターのサイモンさん。
なんですかそれ。なんでそんなおちゃらけキャラなんすか。
貴方この作品内じゃ唯一のシリアスキャラだったんじゃないんですか?!
…広告審査機構に訴えるぞ、もう…orz
posted by radwynn at 14:24| Comment(5) | Miscellaneous | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

哀しき狂獣

jet_li_spirit_001.jpg

その視線。僅かに落とした右肩。延ばされた右腕の真っ直ぐ延長線上にのびる抜き身の刃、床に紙一重のその刃先。微かに踏み込み薄く体重のかかる右足、微かにやはり紙一重に床から浮く左足の踵。微妙に捻られた腰。開き気味の胸。肩に対して曲がっている筈の首は、床に対しては正位置。

全てが。
全てが、余りにも“正しく”、狂っている。
この立ち姿は、おそらく、この物語を全く知らない、そして生活文化、歴史の違う、あらゆる人が見て、等しく、「狂っている」と認識出来るのでは無いだろうか。

『少林寺』でのデビューの頃から、否、それ以前に、「中国の至宝」と呼ばれた少年時代から、彼の身体コントロール能力には驚異的なものがあった。それだからこそ「至宝」と呼ばれるに至ったのであろうが、正にそれは至宝と呼ばれるのに相応しいと思う。
彼の演武を観ていると、この人は身体の筋肉のみならず、神経の1本1本、細胞の1つ1つまで制御出来ているのではなかろうか、と思う事が屡々在る。

『SPIRIT』に於いて、彼の見せた、身体表現。

彼は言う。「武術の最終形態は、愛である。武とは、闘いを止める手段である」と。
『SPIRIT』ラストシーンに於ける彼の演武は、正に“愛”を体現して崇高でさえあった。

そして、それに至る道さえも、彼は、その身体表現で示してみせたのだ。

この立ち姿は、狂気。己の一方的に構築した誤りの“武”と“愛”の二つの心に狂わされ、その道半ばに苦悩する者の姿。越えなければ成らない、崩さなければ成らない壁の前に行き場を失い、狂う心、その心そのもの。

坂東玉三郎、という役者をご存知だろうか。その姿を見た事は無くとも、その名を知っているという方もいらっしゃるだろう。
日本の歌舞伎界と言う異界の生んだ希有の存在である。
彼の舞台、人はそこに“美”というもの結晶を観る事が出来る筈だ。あらゆる文化、時代、世界を越えた、“美”という概念の、普遍的要素が、そこに存在する。

それと同じ物を、李連杰という存在に、私は感じる。

彼は、“武”という概念の普遍的要素そのものを、彼自身の身体で表現しているのだ、と。否、彼自身が、既に、“武”という概念そのものなのかもしれない。
舞台上の坂東玉三郎が、正に、“美”の化身そのものである様に。

その“武”の、あらゆる要素を、映画『SPIRIT』で、彼は表現して見せた。

この狂気も、その後に訪れる“愛”の為の、ひとつの過程、“武”の、時に見せるひとつの姿、に他ならないのだ。

そしてこの狂気は、哀しい程に、美しい。美しく、恐ろしく、哀しい、狂獣。

狂っても尚、“武”とは、美しい。そしてそれだからこそ、恐ろしい。

何処で耳にしたのだったか、鳥頭な筆者は失念してしまったのだが、恐らく、『真少林寺』ではなかったかと思う。老師が曰く、「武術とは美しく在らねば成らない。美しくなければ、それは武術ではないのだ」と。

正にその言葉を、『SPIRIT』で、李連杰は、体現しているのだろう。

posted by radwynn at 12:28| Comment(2) | Miscellaneous | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月27日

リンチェイ作品ロケ地:香港

来年の年明け早々、家族旅行で香港へ行って参ります。
香港の映画ロケ地巡りなど、して来たいなあ、と思いまして、只今鋭意情報収集中。
『無間道』ネタはいーっぱい有るんですけどねー。いや、『無間道』ロケ地もとある事情にて要チェックなので、それはそれで有り難いのですが。

リンチェイ作品ネタは、なかなか見つかりません…

…やっぱり日本では知名度が(禁句)

今のところ、確認、というか、なんとか情報を入手出来たロケ地は、以下の通り。

『ターゲットブルー』
銃撃戦のデパート
銅鑼湾のウィンザーハウス。但し該当デパートは2007年2月現在、改装中、とのことなので、作中の侭の状態かどうかは不明…

『ヒットマン』
日本企業のビル
名称は不明ですが、中環のハーバーサイドのビル群の1つ。形状をグーグルマップで確認済み。あのビル、印象的な形なので判り易いですよね。
フウとルーが最初に行った冰室(ピンサッ;喫茶店)
メニューから白宮冰室、という名前が判る。この名前で検索したところ、該当の名前の冰室はあるのだが、写真で見る限り、作中の冰室とはちがうような…
フウがファッションショーする店
オースティンロードのボッシーニではないかと思うのだが…これは現地にて要チェック。

今鋭意検索中なのが、『ブラックマスク』でシェクとチョイが闘う墓地。グーグルマップでなんとか見つからないかなあ、と思ってるんですが…

あと、『ヒットマン』に出て来る遊園地は、茘枝角にあった茘園だと思うんですが、これも既に無くなっちゃってるんですよね…

ううむ、思ったよりも、見つけられないなあ…

何方が、ご存知のロケ地がございましたら、ご教授くださいまし〜
…でも古い作品のロケ地は、既に無くなってる場所が多いだろうなあ…
posted by radwynn at 15:14| Comment(2) | Miscellaneous | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月23日

予定調和 ※長文注意

リンチェイのアクションは格闘ではなく舞踊である、という批評が有る、という事は以前の記事にも書きました。その折に、それは当然だろう、リンチェイは格闘家ではなく武術家なのだから、とも書きました。武術と舞踊には通じるものが有る、とは、リンチェイ自身も述べていた事ですし、武術団では京劇やバレエの鑑賞や、それらの要素を取り入れた練習も行っていたようです。
翻ってよく考えてみると、映画で観るアクションというのは、そのものが、細かく綿密に練り上げられた予定調和、で有る訳です。
細かく綿密に練り上げられた予定調和からもたらされる映像。それはバレエや歌舞伎といった舞踊と同じ性質の美です。
香港映画の持つそれは、歌舞伎や時代劇の殺陣に通じるものがありますよね。如何に美しく有るべきか、そこに重点が置かれているアクションシーンには、リンチェイの美技は正にぴったりとハマっていると思うのです。
香港映画、というよりは、香港スタイルのアクション指導、と言うべきかもしれません。ダーティファイトを謳った『ダニー・ザ・ドッグ』でさえ、ユエン・ウー・ピンの手になるアクションシーンは、“ダーティ”を表す為の美技、というカテゴリに括る事が出来るでしょう。
本当にダーティなファイトは観るに耐えません。街で喧嘩をしている酔っぱらいのような絵は、シリアスなドラマの中の一コマとしてなら価値が有るでしょうが、それをメインに据えたアクション映画にはなりえないでしょう。カタルシスの無いアクション映画は私の中では無価値です。

逆に言うと、そのようなリアルさを追求するアクションシーンには、リンチェイは向いていないのかも知れない、とは、思います。
…だってリンチェイというか、リンチェイの体現している武術、その世界の存在そのものがリアルを越えていますからねえ。
我々東洋人でさえ、彼らの技には眼を見張るものが有ります。
筋肉の量と肉体の重量そのものが勝敗を決する鍵であると思い込んでいる人たちが、枯れ枝の様な老人がぴんと指で弾いただけで吹っ飛ぶ大男、小柄な女性がしなやかな蹴りや突きで屈強な男を悶絶させる…そんな光景を見ても、到底信じられないであろう、と思うんです。
私の良く知っているご老人で、実に温厚そうなやや小太りの小柄な方がいらっしゃいます。その方は空手の大家でいらっしゃって、若い頃には、床に座ったまま、片手で、大の男を、天井まで放り投げる事が出来たそうです。戯れにブロック塀を200mに渡って破壊した事もあるそうです。目撃者(前述の投げ飛ばされた人物)の話によりますと、その方が軽く(見た目には軽く見えたそうです)掌でぴしゃりっぴしゃりっと叩いていくと、ブロックが次々と爆発する様に破砕されていったのだそうです。信じられない光景だった、と、武術については知識の有るであろうその目撃者の方も仰っていました。
筋肉の量ではないんですよね。その質と、その使い方、なんですよね。

…話が反れてしまいましたね。
閑話休題。

美しく且つ有り得ないような超絶映像を得る為に、綿密に慎重に練り上げられる、功夫アクションシーン。むしろそのアクション指導そのものが、功夫であろうと思うほどに、香港スタイルのアクション指導はレベルが高く綿密です。(…その綿密さをドラマ面にも発揮すればもっとなんとか…とも思ったりしない事も無いですがまあそれが香港と言う事なんでしょうな… おっとまた話が反れた)
そしてその組み上げられた予定調和は、演じる者の武術の功夫の高さに支えられているのです。武術を修めた者達以外に、誰がその高度な要求に応えられると言うのでしょうか。
当記事の最初に記した様に、このアクション指導の求めるところが舞踊と同じ種類の美に有るとすれば、舞踊家ならばこのアクションは出来るでしょうか?
答えは、『少林寺2』と『ヴァン・ヘルシング』にあります。『少林寺2』で鮑家の長女大鳳を演じた馬青(マー・チィン)は体操の選手、『ヴァン・ヘルシング』で狼男ヴァルカンを演じたウィル・ケンプはバレエのプリンシパルです。彼らのアクションは、美しくはありましたが、やはり、攻撃の打点での迫力に欠けました。打っているのではなく、当っている、でしかなかった。
蹴りも含めた相手を打つという行為に於ける迫力は、やはりそれを体感して知っている者にしか、出せないものなのだと思うのですよ。何処まで蹴りを入れれば、何処まで打ち込めば、迫力を出しつつ、ダメージを押さえられるか。何処まで力を入れれば、あるいはどのくらい力を抜けば、相手に怪我をさせずに済むか。この力加減というのは、実際やってみれば判る事ですが、もの凄く難しいですよ。いや、実際、喧嘩の時に相手に怪我をさせずに済んだ事って、無いですもん。あれだけのアクションを行っている以上、相当のアドレナリンが分泌されている筈で、その興奮状態に於いて、あれ程の冷静な判断が出来るという、その事だけでも、彼らがどれほどの功夫を持っているか、が判ると思うのです。
その香港スタイルの集大成、予定調和の最高傑作が、『黄飛鴻』シリーズである、と、私は信じて疑いません。
例えば他の作品ではどうなのか。
『フィスト・オブ・レジェンド』のファイトシーンは世界中で絶賛されていますし確かに技そのものは素晴らしいのですが、時折、ファイティングスピリッツはあるのですが残念ながら武の心にやや欠けるシーンが散見されます。作品の性質上、仕方の無い事なのですが。また、これも物語の性質上、ワイヤーを使わない“地に足の付いた”スタイルを重視しています。
『英雄HERO』は正に武術の精神的な面を美という表現方法で表したものであって、これは逆に美し過ぎます。
では『SPIRIT』は?有り得ない事では有りますが李連杰という人は、『SPIRIT』に於いて、武術の世界をリアルに描き出してみせてしまったのです。もちろんその手法は香港スタイルですので、中にはそれは無い、っていうシーンもありますが、ほぼ全編に於いて、彼の演じるアクションシーンは、美しくは有りますがそれ以上に余りにもリアルでした。
それに対して、『黄飛鴻』シリーズのアクションシーンは、リアルよりも予定調和のもたらす美しさを重視しています。それが、ある種の安心感を見る者に与えるのです。『水戸黄門』や『桃太郎侍』の殺陣シーン、と言えば判り易いでしょうか(笑)。

Jet Li Special Tribute 2
Jet Li Special Tributeの再編版のようです。アイリッシュの匂いを感じさせるバレアリックなBGMはイギリスのアーティストChicane(シケイン)、そして先頃惜しまれつつ映画界からの引退を表明したロザムンド・クァン演じる十三姨(サプサンイー)の画像も多く取り上げられていてちょっとメランコリックに仕上がっています。
開始直後とラスト直前の獅子舞に囲まれた師父の映像の美しさは正に東洋の美。
1'53"辺りで見せる捻り蹴り(後ろの的を蹴る)はリンチェイの良く見せる蹴り技です。リンチェイてばいつも簡単そうにやってるんですけど柔軟さと正確さの要求される難易度の高い蹴りです。


Tsui Hark Once Upon a Time in China 1991 Jet Li fight clip
実は黄飛鴻シリーズのアクションシーンでは、今作のアクションシーンが、香港スタイルとしては最もお気に入りかもしれません。2のドニー・イェンとの棒術対決も素晴らしいのですがあれはほんとに凄いからなあ…
3'10"辺りからのアクションシーンが特にお気に入りなのですよ(スタントダブル多用してますけど気になりません。だって熊ちゃんだもの(笑))。
必見は3'45"からの回転飛び後ろ蹴り(←なんと命名すれば良いのか。ムーンサルトキックとも違うんだよね。っていうかこれ普通は無理だって)。左足で蹴るのか?と思ったら違って、じゃ右足で踵落としか?と思ったらまた違って、なんと回転後着地までの間に後ろ蹴り。有り得んよその滞空時間。有り得んよその蹴りの正確さ。これはあれですよ、たとえ予定調和でも、やれって言われて、はいそれでは、って出来る事じゃないですよね…



さて。予定調和の美学を鑑賞して参りましたが。
では、その予定調和が崩れた時には何が起こるのか。
『ブラック・ダイヤモンド』での金網バトルでは実際の格闘家がリンチェイの相手役として集められました。リンチェイ自身も「彼らは本物の格闘家だからね。本気になったら僕なんかイチコロだよ」と語っていました。アクション指導のコーリー・ユンが、「これは映画なんだから!」と何度も言い聞かせていた、と、メイキングで語っています。
が、その直後に、コーリー・ユンがぽろりと零したのが「リンチェイも本気で彼らを蹴りたくはないしね」の一言。
…それはどういう意味なのでしょうか、コーリーさん。リンチェイが本気で蹴ったら、彼らの方が危ない、って意味なのですか。
…その事がずーっと気になっていました。
やっとその疑問に答えを与えてくれたのは、他ならぬリンチェイ自身でした。
それは『ダニー・ザ・ドッグ』のメイキングの中に有ったのです。


これだけの身長差、おそらく体重の差も相当なものになるであろう相手を、蹴り飛ばしております。
確かに、これは予定調和の崩れであって、相手も、まさか本当にリンチェイが蹴りを当てるとは思っていなかったから、というのも有るとは思います。
が。余りにも綺麗に決まったこの蹴り。
しかも左手で完璧に相手の蹴りを止めています。リンチェイの手・腕の力と相手の脚の力、筋力の上で勝っているのは当然相手の脚です。が、正に柔よく剛を制す、軽く叩いているだけの様に見えるリンチェイの掌に当った瞬間、相手の脚が凄い勢いで弾き返されているんですよ。
そしてこの蹴り、本気で蹴り込んでいるわけじゃないですよね。蹴った瞬間に、まだ体重が後ろに残してある。体重を乗せて前蹴り(突き蹴り)を蹴り込んでいるとすれば蹴り脚が前に着地するでしょうからね。ワイヤーを使って相手を後ろに引っ張って飛ばすスタイルでのアクションの時は、突き蹴りの蹴り脚は前に着地させてますよね。(しかしよく見ると突き蹴りというよりもやや横蹴り気味ですね…背の高い相手に当てる為に腰を捻って脚を高く上げてるからかしら…)
その後のリンチェイのリアクションからしても、それほど蹴ったつもりじゃなかったようです。
それほど蹴ったつもりじゃないのに、ですよ?
相手のスキンヘッドさんは、見事に飛んでおります。飛ぶと言うか、滑ってるよね。ずざざーって滑って行っちゃったのがよっぽど可笑しかったんでしょう、リンチェイってばおもっくそ吹き出してますな。アンタがやったんだ、っつーの。謝り方がいかにも「ごっめーん♪」な感じで(笑)。リンチェイちょっと黒カワイいぞ(笑)。
あ、もしかしてリンチェイ、なんか気に入らん事でもあったんか?その禿になんかイヤな事されたんか?!(違うと…は言い切れんな…)(オイ)
禿…もとい、スキンヘッドさん、滑った後に暫く間を置いて、転がり起きつつ、床をばしっと叩いておりますな。痛かったんかやっぱり。堪えてるんかな。
このシーン、「当る筈じゃなかった蹴りが当ってバランスを崩した相手がこけた」では、無い。
「予定調和が崩れて(もしくはリンチェイ自身が意図的に崩して(笑))リンチェイに本当に蹴られてしまった」っていう貴重なNGシーン、なのだと思うのですよ。但し、リンチェイが全力ではなかったのが、幸いだった、って事でしょうな。
これがおそらく、コーリー・ユンさんの言ってた台詞の、答えなんだろう、と思う訳です。
「表演が得意なだけだよ」と言うリンチェイですが…表演でそれ程の功夫を表す事の出来る武術家ならば、実戦でも然り、と言う事なのでしょうね。

しかし…このNGシーンをメイキングに入れてくれたメイキング作成スタップに感謝ですよ!こんな貴重なシーンが見れるなんて…!
実は本編のどのアクションシーンよりもこの10秒余りのシーンの方が繰り返し鑑賞回数が多いってのはナイショだ(笑)

そして。
この動画を作成&下賜して下さった天照様に、スペシャル・サンクスを捧げます。
有り難うございました!
貴方の愛に応えようとする余りに筆が走り過ぎて、とんでもなく長文になってしまいましたが…(汗)。このエントリ、このダニーちゃん動画と貴方に捧げます♪(要らんって?そんなこと仰らずにー(泣))
posted by radwynn at 15:24| Comment(10) | Miscellaneous | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月13日

多節鞭

doctorwai01.jpg『冒険王』でリンチェイ演じるところのワイ博士が駆使する、多節鞭。
最初に観た時、てっきり九節鞭だと思っていたのですが…どうやら作中で延び縮みしてますね(笑)
最初にバッグから出して繋ぎ合わせたシーンが、←こちら。手に持っている部分も含めて、8つ部品を繋いであります。
どうでもいいけどこのシーンのリンチェイってばものごっつ女王様モード…Sの女王様…
…その件は置いといて。
ええと、九節鞭というのは、中国武術で使用される武器(器械)の中では、軟器械という部類に区分されます。
軟器械というのは読んで字の如く、軟らかい武器です。…って、なんか変だな(笑)
つまり、鞭や、縄[金票](←一文字/ひょう)(縄の先に錘や[金票]を付けた武器)などの仲間です。三節棍もこの仲間に入ります。
この軟器械の中に、多節鞭というカテゴリが有り、九節鞭はこのカテゴリに入ります。これも読んで字の如くですね。漢字文化って判り易くていいですね。
多節鞭とは、金属製の短い棒状の部品を繋いで使用するもので、収納時には小さく収まる事から携帯用の武器としても重宝されます。『冒険王』でも、ワイ博士がバッグから取り出してますよね。金属製ですので、部品そのものは硬く、「軟器械」という分類にそぐわない様に思いますが、短い部品を繋ぎ合わせる事で鞭の様に形が自由自在に変化するので、武器としての形状そのものは「軟らかい」んですね。
そしてこの多節鞭には、七節鞭、九節鞭、十三節鞭、と、様々な長さのものが存在するようで、概して九節鞭よりは七節鞭の方が部品が大きく重い、のだそうです。とすると、ワイ博士が取り出したコレは、もしかすると七節鞭では…と思って数えてみたら、↑の画像では確かに、8つの部品が繋がっていましたね。多節鞭の場合、鞭の部分の部品+持ち手部分の部品で一組になります。時には剣先を付ける場合も有るそうです。
ということで、最初にワイ博士が取り出したのは、七節鞭、だったようですが。
これ、この後延びるんですね(笑)ニンジャ軍団の手裏剣を避ける為に金網を絡めとって盾にするシーンはどう考えても十三節鞭以上有りそうだ。
しかし、いいんですそんな事は。
とにかくこの多節鞭を使うリンチェイが、余りにも凄すぎるのでそんな事はまったく気になりません。
その驚異的なスピード。激烈にして優雅な動き。高く美しい跳躍。有り得ない程のバランス感覚。身体全体を駆使して扱う多節鞭が時には鞭の如く時には棍の如く、正に変幻自在に空間を切り裂きます。
軟器械の威力ってのは、その3次元的な攻撃範囲にあるんでしょうね。前後上下左右の何処にも死角が無い。こんなもの振り回してる相手に近寄る気にもなりませんわな…
このシークェンス、もっと長くても良かったのに…とか思っちゃいますよ…
ちょっと残念なのは、多節鞭特有の、金属の擦れる音が入っていなかった事、かなあ。このシーン、日本刀と多節鞭の接触する音がチャリーン♪チャリーン♪ってとっても涼やかな音色になってるんですよね(笑)確かにその方が、あのリンチェイの美しい動きには似合ってるんですけど…。私としては、多節鞭特有の、威嚇音とも不快音とも取れるあのギャリィィィン!ギャリギャリギャリギャリィィン!っていうとんでもなく厳つい摩擦音が聞きたかったかも。

そういえば、リンチェイが多節鞭使うシーンって、三節棍以外だとここだけですかね?
貴重ですね。

ということで、youtubeから漁って参りました。香港版『冒険王』からの9分余りのヴィデオです。
2'40"あたりから多節鞭シークェンス。
5'00"あたりには太極拳シークェンスもあります。
…因に最初のシーンは超ドSなリンチェイ@ワイ博士にいたぶられるコリン・チョウ@盗賊の親方、という美味し恥ずかしいシーンでございます…もう1つ因にラストでは経箱のエネルギーでモンスターと化すコリン・チョウ。ノリノリです。






以降、多節鞭とは関係の無い腐女子ネタです。ご注意
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2007年11月28日

『魔教教主』の武當剣と太極拳

『カンフー・カルト・マスター/魔教教主』に登場する六大派中、映画の中で最も大きく取り上げられたのはやはり主人公モウゲイの老師張三豊(チョン・サンフォン)率いる武當派でしょう。
ただし、張三豊を武當派の祖、とする説には、異論を唱える向きも或る…というかむしろそりゃでっち上げだ、と言われているらしいです。
なんと申しましても張三豊の存在自体が眉唾物、といわれているのですから仕方が無いのですが。この張三豊、武當山で仙人に成ったと言われておりまして、その後随分と時代が下ってからも、どこそこに張三豊が現れた、とかいう話があったりしましてね、不老不死であるとされているそうですよ。
今のところ支持されている武當派の祖は、清代道光年間の道士(道教の宣教師的存在)郭済元、だそうです。
武當山は道教の聖地で、この武當山の道士の間に伝えられて来たのが、武當派、ということになります。
近世になって、南京中央国術館副館長、李景林によって世間に公表されたそうです。李景林はまた自らの技術の普及と発展にも努め、1927年上海で行われた表演会で武當剣を披露し、武當の名を大きく世に知らしめる事となりました。
ここで表演されたのが武當剣、剣を持っての演武であるように、武當派はその剣術でつとに有名です。
『少林寺2』で鮑家が伝えていたのがこの武當派、武當剣で、父親と三鳳の剣術は素晴らしかったですよね。
『魔教教主』では物語冒頭に、武當本山で武當剣の修練を積むコリン・チョウ@青書(チンシュ)と弟子達の演武シーンが登場します。
武當剣でこのような演武シーンと言うのは珍しいそうですよ。
…場所は『少林寺』『阿羅漢』でおなじみの嵩山少林寺の境内ですが。
kcm_collin_01.jpgkcm_collin_02.jpg

ところでいくら世間が認めなくても我等が張三豊はやっぱり武侠伝説映画の中では武當派の祖!なのです。
そして張三豊と言えば太極拳!
『魔教教主』ではあのサモハンキンポーが張三豊を演じ、円熟の太極拳を披露してくれておりますよ!
因にリンチェイも『マスター・オブ・リアル・カンフー/大地無限』で、若き日の張三豊が太極拳を会得するまでの姿を演じております。
でもって。『魔教教主』ではその両者の太極拳が同時に拝めるという感涙もののシーンもございます。
kcm_han_01.jpgkcm_han_02.jpg
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この時サモハンキンポー演じる張三豊が見せる太極拳は陳式だそうです。ということは、リンチェイの演じているのも陳式なんですね。
上記画像でリンチェイが見せているのが「単鞭」の型。正に鞭の如くのその姿の美しい事…



youtube動画。萌コメントあり。腐女子注意報。
posted by radwynn at 15:43| Comment(2) | Miscellaneous | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月13日

「少林寺」に関する歴史と伝承の聞きかじり。

言わずと知れたリー・リンチェイ映画初出演作品、『少林寺』(原題:少林寺)(日本公開1982年)。
1作目の直後に作成された『少林寺2』(原題:少林小子)(日本公開1984年)、そして、その2年後の1986年日本公開『阿羅漢』(原題:南北少林)。
これらを合わせて、「少林寺シリーズ」と呼ばれる事も有ります。
同じ役者も多数出演しており、タイトルのイメージからも、続編、続々編、と思われがちですが…この3作品、特にストーリィ上にはなんの繋がりもありません。
強いて言うなら、全て少林寺がらみのお話、っていうことでしょうか。…あ、『少林寺2』(少林小子)は、お寺自体は出て来なかったなあ…
そんでもって、『新・少林寺伝説』(1994年)、なんて邦題の作品まで有るから余計にややこしい。こっちも、前3作とは、ストーリィ上なんの関係もありません。原題は『洪煕官』、主人公の名前です。

では、この4つの作品について少々御託を並べる前に、「少林寺」というお寺の存在について、少しだけ、おさらいをしておきますね。

まず、映画『少林寺』『阿羅漢』の舞台ともなり、「少林寺」と言われて我々が想像する、あの「少林寺」は、河南省登封市の嵩山に実在するお寺で、嵩山少林寺と呼ばれています。
この寺の創建は大変古く、496年にこの地に跋陀禅師の住寺として寺が建立された、と、魏書に記されており、また「少林寺」と寺の名を改めたのは、随の時代、文帝の勅によるものである、とされています。
随の末期、群雄割拠の時代には、洛陽に都して鄭の皇帝と称した王世充を征討する唐の李世民(後の太宗)に助力して、僧兵を援軍として出兵させ、後に「唐太宗御書碑」にも有る通り、唐から手厚い保護を受ける事になります。
さて、ここまでは、一応、史実。ここから先は、フィクションと史実の狭間を行ったり来たりする、“伝説の”少林寺、です。
武術を極めた少林寺の僧兵は非常に強力で、清の康煕帝の時代には僧兵128名で西魯(チベット、もしくはロシアか?)の軍隊を破り、清朝から褒賞を受け、信頼を得ていました。
ところが雍正帝の時代1735年、少林寺の力を妬み畏れた奸臣による「少林寺に謀反の計あり」との進言から、少林寺は朝廷の軍に攻められ、寺は焼かれ、僧侶は殺害されました。
この殺戮を生き延びた5人の僧侶が後に南派少林拳の始祖となり、「少林五祖」と呼ばれることになる蔡徳忠・方大洪・胡徳帝・馬超興・李式開で、伝説では彼らは朝廷に復讐を誓う秘密結社「天地会」を創設した事になっています。
この少林五祖の他に、雲宗大師・至空和尚の2人も殺戮を逃げ延び、福建省九蓮山に福建少林寺を建立した、とされています。しかしこの福建少林寺については、未だにその存在は確認されておりません。
そしてこの伝説の寺「福建九蓮山少林寺」こそが、その後の南派少林拳の達人達を育んだ母体となり、南派少林拳の「福建九蓮山少林寺」は「南少林寺」、「河南嵩山少林寺」は「北少林寺」と称されることになります。
「嵩山少林寺」で元々修行されていた北派少林拳は、伝承する者が少なく、幻の少林拳と言われていました。
寺院が存在し「少林寺」として名高い嵩山少林寺は北少林寺ですが、その伝える筈の北派少林拳は幻。そして少林拳として隆盛しているのは南派少林拳、しかしその母体となった筈の九蓮山少林寺は幻、と、対の構図が出来ているのは不思議ですね。
さて、この福建九蓮山少林寺で、雲宗大師・至空和尚の弟子となったのが、「少林五老」と呼ばれる白眉道人・馮道徳・至善禅師・五枚尼姑・苗顕の5人でした。
ところが白眉道人と馮道徳は志の違いから少林寺を離れ、少林派と対立する武當派へ移ります。武當派の本拠地は湖北省武當山、道教の聖地ですので、白眉道人には道教の称号である「道人」を使用します。武當派の祖は伝説によると元の時代に武當山で仙境に入った張三豊(太極拳の始祖)であるとされていますが、実際に武當派として成立したのは、明の末期から清の初期と言われています。
一方、至善禅師らは、九蓮山少林寺で、洪煕官や三徳和尚、方世玉、世玉の異母兄弟である孝玉や明玉ら、「少林十虎」と呼ばれる10人の達人を育て上げていました。
1767年、清朝は武當派の助力を得て九蓮山少林寺に攻め込み、この戦で、至善禅師と方世玉は命を落とします。方世玉はこの時まだ20代の若者だったそうです。
少林十虎の一人であった洪煕官はこの後広東省へ逃れ、南派少林拳を更に南へと伝えることになります。
また、少林十虎には数えられていませんが、洪煕官と同じく至善禅師に師事していた陸阿采も広東省広州に逃れ、後に「広東十虎」に名を連ねることになる黄麒英の師となりました。
黄麒英の息子、黄飛鴻は、洪煕官の弟子鐵橋三(父黄麒英と同じく「広東十虎」の一人)の門下生、林福成に師事して“無影脚”を会得し、その後武術の達人としてその名を知らしめる事になります。

と、これが大まかな「少林寺」と「少林拳」の歴史の流れ、なんですが。
勿論、上に記した各々の人物が本当に存在したかどうかは定かではありません。ただ、これらの人物をモチーフにした武侠伝は多く残されています。その中にもしかすると本当のお話も、あるのかも、しれません、よね?
黄飛鴻に関しては、彼の子孫が実際に存在し、資料、写真等も残されていますし、香港映画界武術指導の元祖と言われる劉湛(ラウ・チャン)は、黄飛鴻の弟子であった林世榮の弟子だそうです。

さて、やっと『少林寺』シリーズに話を戻しまして。
それぞれのストーリィ・設定を少林寺の歴史に照らし合わせてみると…
『少林寺』…
史実を踏襲して、李将軍を助け王将軍を倒して、最後には「唐太宗御書碑」まで持って来てますから、間違いなく、唐の始めの少林寺が舞台、ということになりますね。
『少林寺2』…
川を挟んで向かい合う2つの家は、かたや少林派、かたや武當派で、各々の流派が優れている、といがみ合っている、という設定です。
登場人物の衣装や、弁髪ではない髪型等から、時代は明代の末期か清の初期、武當派が興って間もなくの頃のお話だと思われます。
『阿羅漢』…
原題「南北少林」の示す通り、北派少林拳と南派少林拳の両派を取り上げています。北少林寺の若獅子・智北を演じたリンチェイは、この作品の為に、それまで幻と言われていた北派少林拳の数々の技を習得したそうです。時代は清に設定されています。

で。
『新・少林寺伝説』…
これで事態はますますややこしく…(苦)
えーと、ですね、これ、原題は『洪煕官』となっていて、朝廷の焼き討ちにあって一族をことごとく殺されてしまう、というのが物語のとっかかりなんですね。でもって、ラストでは洪煕官は南へと向かうんで、時代としては、九蓮山少林寺が焼き討ちに遭った後のお話、の筈なんですけど…少林寺の焼き討ちの後、逃げ延びる5人の子供の僧の名前が…少林五祖の名前と同じなんですねー(笑)
しかも、敵役の名前は馬寧兒、嵩山少林寺焼き討ちの際に朝廷軍を手引きしたとされる人物の名前と同じ。設定も、兄弟子を越える事が出来なくて逆恨みする根性曲がり、っていうところは同じ。
タイムスリップしとるやないの(笑)っていうか、歴史が堂々巡り?!(笑)
方大洪の父親の名前が方世玉だったりとか、後で調べて色々判った時には結構笑えたんですけど、最初観た時には全然判ってなかったなあ…
もしかして中国武侠物ではこういう事は周知の事実で、観る人はみんな知ってて、そんで、突っ込み入れながら笑って観る、ってのが正解なのかしらん?

『少林寺』シリーズ以外でもリンチェイは少林拳の伝説の人物をいろいろと演ってますな。
リー・リンチェイの当り役、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズの主人公、黄飛鴻。父は陸阿采の弟子で広東十虎の一人である黄麒英、彼自身は洪煕官の弟子でこれも広東十虎の一人であった鐵橋三の門下生、林福成に師事。南派少林拳の一派、洪家拳の達人。
因に、陸阿采という人は、男性だったか女性だったかはっきりしないそうです。武侠物では男性として描かれる事が多いそうですが…すんげえ美形だった、とか、そういうんだったらちょっと萌…(違うだろ)
『レンジェンド・オブ・フラッシュ・ファイター』シリーズの主人公、方世玉。彼自身、少林十虎の一人であり、彼の母苗翠花は、少林五老の一人、苗顕の娘であると言われています。
『マスター・オブ・リアル・カンフー/大地無限』の主人公、君寳、後の張三豊は、太極拳の始祖とされ、伝説によると少林寺で修行した後、武當山で武當派の祖となったとされています。
ここでリンチェイが使っている太極拳は、何式なんだろう…陳式太極拳、なのかなあ?
太極拳と言えば、『真・少林寺』で少年リンチェイに太極拳を教えていた老師の所作が堪りませんでした。ほんの僅かの所作なのに、その風格といったらもう。あれぞ、太極拳、と言うものなのでしょうなあ。
posted by radwynn at 00:00| Comment(0) | Miscellaneous | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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